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いつも考えていること

終・ラグビーW杯鑑賞記

ラグビーW杯が閉幕した。

一生に一度。このキャッチフレーズが大会をずっと引っ張ってくれたように思う。

現在のところ、W杯はラグビーの魅力を最大限引き出してくれる最高の舞台であり、その魅力を「日本初」というシチュエーションがさらに引き立ててくれた。

全てが夢のような1ヶ月と少しだった。終わってみれば、何もなかったかのようだ。この寂しさは、予選プールが終わった次の日から感じている。大会期間中、楽しんでいる時間より寂しがっている期間の方が長いかもしれない。

各国から卓越した技術と情熱を持つ選手が集まり、ヘッドコーチ以下叡智が集結して、準備に準備を重ねてこの日々がやってくる。ソーエキサイティングな大会。

もっと試合を観に行けばよかった。各地に遠征に行けばよかった。次回フランス、パリ大会に行きたくてしょうがない。みんなこの熱気にやられてきたのか。

 

大会は南アフリカの優勝で幕を閉じた。

勝戦は前半ラストから南アフリカに少しずつ少しずつ針が傾き始め、後半とうとう突き放した。ニュージーランドイングランドも完璧な試合の後は奮わなかった。残念である。おかげさまでセミファイナル以降の勝敗はことごとく外しました。

 

そう。セミファイナル、ラスト4チームになった時の高揚たるや。

まず、ニュージーランド南アフリカは出色の出来だった。予選プールのこの2チームの初戦が、本大会の目玉の一つだったことは疑いようがない(事実上の決勝戦などとは決して思わない)。

ニュージーランドのFW陣の献身的なプレー、全ての選手が隙を逃さない広い視野を持ち、常にコミュニケーションし続け、そして基礎的な強さと速さを併せ持つ。その中でもスター選手が数多いて、アーロン・スミスとリッチー・モウンガの想像以上の安定感、後ろを控えるCTBグッドヒュー、レイナード・ブラウン、そしてソニービル・ウィリアムズ、さらに待ち構えるWTBブリッジとセブ・リースの心強さ、さらにチャンスにもピンチにも必ず顔を出してくる最高のプレーヤー、ボーデン・バレット。「負けない」ことに関してはオールブラックスの右に出るものはいない。

南アフリカもタレント揃いだった。そのラグビーを成り立たせるために不可欠な強力FWたち。ムタワリラ、主将コリシ、フェルミューレン、スナイマン、エツベス。9人目のFWと称して差し支えないデクラークの活躍もあった。冷静沈着かつ大胆なポラードのタクトが冴え渡り、アムとデアレンデの力強さ、そして両翼のコルビ、マピンピ、ヌコシ、後ろにルルー。初戦こそ敗北を喫したが、その後の復調と隙のなさたるや。

対する北半球の雄、イングランドウェールズにもそれぞれチームを象徴するプレーヤーがいた。イングランドは主将オーウェン・ファレル、カミカゼキッズことカリーとアンダーヒル、ヘッドキャップの似合うイトジェ、ツイランギにワトソン。ウェールズは闘将アラン・ウィン・ジョーンズ、正確なキックのダン・ビガー、闘志が顔に出てこないが間違いなくトライをもぎ取るジョシュ・アダムズ。イングランドニュージーランドに勝ち、ウェールズ南アフリカに負けたが、その差は楕円球の転がり方、つまり運の要素があったと言いたい。ほんの少しの差が勝敗を分けた。選手たちのハードワークに差は一つもない。

 

振り返れば、この4チームのほかにも様々な魅力的な選手たちがたくさんいた。

お馴染みオーストラリアのポーコック、フーパー、ゲイリー、アシュリークーパー、レアリーファノ、ニック・ホワイト、ケレビ、ビール、フランスのヌタマック、デュポン、ロペス、アイルランドのセクストン、ベスト、アキ、スコットランドのレイドロー、ホッグ、グレイ、フィジーのランドランドラ、ボラボラ、サモアのナナイウィリアムズ、ナミビアのダミアン・スティーブンス、ロシアのクシュナレフ、ガイシンなどがパッと思い浮かぶ。

そして日本の選手は全てその名を記したいほどだ。

 

そう、日本代表はベスト8となり、大会の盛り上がりの大きなポイントとなった。

「にわかファン」「ジャッカル」「オフロードパス」などの言葉が流行語となり、「ONE TEAM」という日本代表の標語も広く浸透した(個人的には、スコットランドの「#As One」もカッコいいと思った)。

試合を見ていない人すら覚えるくらいに連呼されていた。「ラグビーW杯現象」と呼んで差し支えないだろう。

 

W杯を終えた今こそ、日本ラグビー普及の時である。子どもらに体験してもらうこと、そして高校、大学、トップリーグに来てもらうこと。また、ラストシーズンとなるサンウルブズにも勇姿を見せてほしいし、観に来てほしい。

日本人は「日本代表」が好きな節がある。サッカーにしても、地元チームを熱心に応援する層があると同時に、代表戦のみ騒ぎ立てる人も多い。ラグビーも、そうなって良いのではないか。清宮副理事構想のプロリーグを心待ちにしている。そのためにも、まずはトップリーグの盛り上がりを!

また、日本代表で活躍した選手たちのこれからの選手生活に幸あれ。できれば海外挑戦とそこでの成功、そして高額報酬を手に入れる選手が出てくれば、子どもらの希望にもなる。内向きにならず、飛び出していってほしい。

 

と前置きに時間を割いたが、前回の記事以降のことを日記で。

 

10月19日。

<イングランドvsオーストラリア>

余裕綽々で予選を通過したイングランド。台風で試合がなかったため2週間ぶりの試合。対するオーストラリアはフィジーに抵抗され、ウェールズに痛めつけられレフェリングとの相性も悪いまま、這うように上がってきた。戦前の予想は、圧倒的にイングランドの勝利であった。結果は予想通りの展開に。

中盤まではよかった。オーストラリアはやはり経験豊富なチームで、苦しいながらも正念場をしのぎ、17-16と1点差まで迫った。しかしその後、自陣からの脱出方法を見つけられず、むしろ見失ってしまった。終盤はオーストラリアらしからずオプションが少なく自縄自縛というのか、糸の切れた凧のようだった。フーパーやポーコック、ビールの奮闘がとにかく虚しかった。

一方イングランドは振り返れば終始主導権を握った。オーウェン・ファレルのキックも絶好調。決勝まで上がることを見据えたような試合運びだった。アタックのスタッツはすべでオーストラリアが上回っていたが、それはイングランドの作戦で、守って勝つためだったようだ。

イングランドニュージーランドにどのような戦い方を見せるのか。ロースコアを狙っているような気がする。ニュージーランドのアタックをどのように封じ込めるのか。楽しみだ。

 

<ニュージーランドvsアイルランド>

日本に負けたとはいえ実力明白なアイルランドときっちり勝ち上がったニュージーランド。同じプールを戦った日本の目線としてはアイルランドの活躍を期待したが、そうは問屋が卸さない。ニュージーランドの多彩なアタックと鉄壁のディフェンスにアイルランドは沈黙せざるを得なかった。

ニュージーランドが圧勝した理由は単純で、シンプルな原理原則とその徹底。これに尽きる。

原理原則とはつまり戦略のことだ。ラグビーにおける戦略は基本的にはどのように陣地を取るか、というもののため、たとえば「自陣からはロングキック、中盤からはハイパント、終盤はFWで押し切る」みたいな感じである。もちろん状況に応じてさまざまなチョイスが絡み合う。時間帯や点差、前の試合でやったこと、今日のみんなの調子、そうしたさまざまな要素を加味して一つの解を出す。

しかし、ニュージーランドの戦略における原理原則はそんな複雑な要素は関係ない。「素早く、強く、スペースを突く」。これだけであろう。

時間帯も場所も点差も関係ない。どこからでも、いつでも、誰でも、それをやる。

だから、意味のないキックはしないし、誰もが前を向いてプレーをしており、相手のミスには素早く反応できるし、自陣からでもトライまで持っていける。シンプルだからこそ、それをどこまで突き詰められるかが求められるし、その頂点にニュージーランドはいる。

実は日本代表も同じ戦略で、「素早く、強く、スペースを突く」ことをしている。松島や福岡のトライを思い出してほしい。

しかし、オールブラックスの方が1秒早い。足の速さではない。探索、発見、疎通、決断。つまり、スペースを見つけて、どのようにアタックするか決めて、仲間に知らせて、実行に移す。その一つ一つが1秒早い。つまり4秒は早い。この差がアイルランドを赤子の手をひねるかのような試合運びとなるかどうかの差である。

とはいえ、日本代表はエディー・ジャパン時代、その多くをデザインド・プレーに依っていたから、ジェイミー・ジョセフによってアンストラクチャーにおける状況判断という「新たなOS」が搭載されたこと自体に大きな意味がある。1秒差などと素人の勝手な意見に何の意味があろうか。勝負できるようになったことに大きな意味があるし、いつかは勝てる。1万年経っても勝てないと思っていた相手だが、この調子でいけばきっと数十年のうちには勝てるはずだ。

日本代表のことはさておき。とにかくオールブラックスの強さである。

こぼれたボールへの反応の早さがすごい。ボーデン・バレットのトライ、かっこよすぎる。アーロン・スミスも一瞬の隙、小さなスペースを見つけて飛び込んで2トライ。嫌なことをする。全国のスクラムハーフよ、ああいうプレーをしなきゃダメですよ。あれがスクラムハーフの一番楽しい仕事だ。

ラストトライにおけるボーデン・バレットのランニングも素晴らしい。しかもそのスピードからのロングパス。初戦の南アフリカでも見せた、思いっきりスペースに走りこんでDFを寄せてからのパス。ボーデン・バレットにしかできないスペースの作り方だ。

残念ながら、アイルランドはいいところなし。あれだけ予選プールで強者として猛威を振るったアイルランドが、まったくダメだった。反省点は、私にはわからない。何がダメだったのだろうか。もしかすると、欧州ラグビーの目指す形というグランドデザインそのものを考えないといけないのかもしれない。

 

10月20日

<ウェールズvsフランス>

オーストラリア撃破も当然のようなウェールズとアルゼンチンやトンガ相手に派手な喧嘩をやらかしてきたフランス。前評判はウェールズだったが、過去のW杯で何度も前評判を覆してきたフランスである。何が起きるかわからない。

その期待感のとおり、序盤立て続けにフランスが2トライ。予選プールでの試合運びはなんだったのかと笑ってしまう謎のやる気。フランスを象徴する「シャンパンラグビー」そのもののような、フォローが次々と現れる見事なつなぎだった。いや、でも、そんなラグビー最近してなかったやん! と全世界がツッコんだ。チーム全体が気分屋ってのはもう、お国柄としか言いようがない。

そんな気分屋らしい展開が後半に待ち受けていた。モールの中心にいたバハマヒナが振りかぶってのエルボーをかまして退場。完全にアウトであった。振りかぶってなければシンビンだったろうが、振りかぶってました。レッドカード、妥当。

あからさまに潮目が変わって、前半、お通夜みたいな顔をしていたウェールズファンの表情も明るくなり、ダン・ビガーも冷静な試合運びへ。まずPGを決めて、残り時間をたっぷり使ってトライへ。数的優位を生かした勝ちにこだわる展開となった。

後半、もう少しフランスが踏ん張って、反対に逆襲できていれば、勝てた。随所に抜群のタックルを見せていただけにもったいない。ノリノリのフランスと南アフリカがやるところを見たかった。結局私はフランスの試合を生では見られないことに。台風を恨む。

 

<日本vs南アフリカ>

地の利を生かしたとはいえ、死に物狂いの努力により身につけた実力で勝ち上がった日本と、ニュージーランドに負けたとはいえ、順調にパフォーマンスを上げる南アフリカ。悲観的な私としては「いや、そりゃ、南アフリカが勝つでしょ。40-16くらいが妥当でしょうな」などと言いふらして顰蹙を買っていた。いやでもね、勝てると思って見る試合ではないでしょうよ。予選プールの南アフリカの試合はすこぶる好調だった。予選プール最終戦ニュージーランドvs南アフリカだったら、まったく違った結果だったと思いますよ。

であったため、前半を5-3で折り返すとは夢にも思っておらず、勝っちゃうんじゃないかと大騒ぎしていた。予想では18-11とかで折り返すと思っていたから。いや、ほんとに、勝つんじゃないかと思った。

後半開始前、先にグラウンドへ現れた日本代表は体力をアピールするようにショートダッシュを数本かます南アフリカのロッカールーム映像は少しダラけているようにも見えたから、日本の視聴者は否が応でも煽られたことだろう。まあ、そんなでもないか。

しかし、後半、PGを重ねられ徐々に引き離される。そうなるとトライを狙いたい日本はフィットネスが厳しくなってくる。マフィ投入の50分から60分までにせめてPG一つ。そして70分までに1トライほしかった。66分のデクラークのトライで勝負あり。70分、マピンピの2トライ目で勝敗は決した。最後、1トライ返したい日本だったが、ファイトすればするほど背中が遠ざかっていくような絶望的なラスト10分だった。そんな中、走り続けた日本代表を、選手はもちろん日本代表を応援するすべての人々は誇りに思うだろう。

いやー、しっかし、南アフリカ強いね。マピンピ止めるには田村ではダメでしょうよ、そりゃあ。リーチ、姫野の2人でも怪しいもんです。ブラインドサイドにはレメキを置いておくくらいしなくちゃならなかったのかもしれない。まあ、結果論です。コルビは福岡を、マピンピは松島をそれぞれ止めきっていて、セットプレーの安定もそうですが、そこも敗因でした。一体、どうすりゃよかったんだって話です。

デクラークの気合がすごかった。ずっと走り回って、タックルし続けて、パス放って、受け取ってトライ取ったんですから。トライ取った後にボーデン・バレットみたいにボールをパンチしたけど、変な方向にいってたのが可愛かった。あと、66分のトライ後はすっかり疲れ切って、謎のキックを2本蹴っていたのもご愛嬌。

前半ラストからマルコム・マークスが出てきたのも強烈でしたね。4回裏から先発のエースが出てきたみたいな感じ。野球詳しくないから例えが正しいかわからんけど。

ポラードの冷静な試合運びも素晴らしかった。それでいて、3本目のトライを演出したあのランニング。スペースを切り裂くという表現しかない。かっこよすぎ。キックの成功率も素晴らしく、南アフリカラインアウトスクラム、キックすべてのチョイスを揃えて持つことできた、大いなる立役者です。

とにかく、日本全体が盛り上がったのは良いことです。日本代表のおかげです。しかし、W杯はまだ終わっていない。むしろこれからこそ見るべき勝負が続く時である。

それだけでなく、新たな日本代表の活動ももう始まっているのである。これからどれだけテストマッチを組むことができるか。できればいくつかは日本国内でやってもらえたらいいけれど、難しいかもしれない。チャンピオンズシップへの加入も報道されたが、果たして成るか。また日本ラグビーの観点で言えば、大学や高校ラグビーもあるし、年明けからトップリーグが開幕、そしてスーパーラグビーサンウルブズ最後の1年も始まる。残留報道があったけれどこれも眉唾だ。2021年から開幕される予定の新たなラグビーリーグにサンウルブズが参戦するとの報道もあった。いずれにせよ、日本国内の生活圏にラグビーを根付かせるだけの動きが必要だ。少し時間が経てば、0からのスタート、振り出しに戻されてしまう。がんばってほしい。

 

10月26日。イングランドvsニュージーランド

準決勝は両日とも現地観戦。ニュージーランドvs南アフリカ以来の観戦である。前回は試合開始が18:45で開場が15時頃だったのだが、14時前にはスタジアム付近におり、道中の電車内も人がまばらだった。今回は妥当な時間に行ったため、電車内は観客ばかりで、観戦気分が高まった。何事も適切なタイミングが大切。

前回はフードコーナーもドリンクコーナーも大行列であったが、食べ物の持ち込みが解禁された影響か比較的混雑が緩和されていたように感じた。少なくとも売り切れはあまり見られなかったように個人的には思った。また、座席間を巡回する売り子もビールだけでなく水を持っている担当もいた。ちなみに、探してもないけど「無料の給水所」がどこにあるかは分からなかった。

キックオフまでの間は会場内に音楽が鳴り響き、この日は桑田佳祐の「みんなのうた」が印象的だった。話題にもなったが試合中の演出で歌舞伎風に「イヨ〜〜ッ」と言うのもすっかりおなじみになっていたし、謎の三三七拍子での手拍子も盛り上がった。野球やサッカーにない、などと言うとそれぞれ数試合しか見たことのない私なので言い過ぎだろうけれど、とにかく独自の盛り上がりだったように思う。準決勝は両試合ともウェーブが起きなかった。緊迫感のある試合でそういう盛り上がり方が難しかったのかしらん。あ、ハーフタイムにカラオケコーナーと称して「カントリーロード」をみんなで歌うのも良かった。

さてようやく試合について。

まずニュージーランドのウォークライ、ハカ、カパオパンゴ。ニュージーランドがその体制を整えると同時にイングランドがそれを取り囲むような陣形を取ったので場内が一気に盛り上がった。現地で見た私としては半円形のように思ったがテレビなどで見ると三角形を描いていたのですね。その頂点に主将オーウェン・ファレルが位置し、ニュージーランドを迎え撃った。やる気満々。場内に不敵な笑みが映し出されまた歓声が(といっても私はその映像を見逃してましたが)。まさかハカから心理戦の様相を呈すとは思っていなかったが、さらにキックオフでも直前でキッカーをスイッチするトリッキーな動きが。それ自体にさほどな意味はないかもしれないが、場内が沸く。今宵のイングランドは秘策あり、そんな雰囲気に満ちる。その雰囲気に押されるようにハーフウェイライン付近のラインアウトから素早いラックで攻撃を展開し、あっという間に1トライを奪い去るイングランド。このトライはデザインされたプレーのように見えた。なので、もしやこの7点を守り切って、つまりニュージーランドをペナルティーゴール2本までで抑える戦略なのではと思った。あまりに綺麗な流れだったので、同じパターンでのトライは取られないと感じたのだ。手前味噌だが、その読みはほぼ的中したと言えるだろう。

その後イングランドは高速ラックでの攻撃的なラグビーを展開せず、常に敵陣でのプレーを心がけた。テリトリー占有率で圧倒しようという戦略であり、それを支えたのが強烈なタックルだった。前に出て、オールブラックスの足を止める。そればかりか大外、ライン際まで運ばれてもそこから外へ押し出してしまう。グッドヒューが3人がかりで出された時は衝撃だった。そんなんありかよ!

ニュージーランドはオーストラリアの二の舞に。そう、オーストラリアが悪かったのではなく、イングランドが良すぎたのだ、と今さら思う。攻撃しても鋭いタックルを浴びて立ち往生、自陣22メートルラインからの脱出ができない。

ここまで困窮したニュージーランドを見たのは初めてだった。グラウンドにエディが魔法をかけたような、そんな不思議な展開だった。

とはいえ、イングランドにトライを与えなかったディフェンスは素晴らしいものだと言える。4本のペナルティーゴールはテリトリー占有率での敗北と相手のディフェンスに規律を乱されたからであり、自分たちのディフェンスに問題があったわけではないことは確かだ。

とにかく会場は異様なムードに包まれた。夢に見た勝利がやってきた、という至福感に包まれていた。

試合終了後はヘイ・ジュードやロンドン・コーリングなど、イングランドにちなむ曲が鳴り響いて皆歌い踊っていた。エディ・ジョーンズの映画のような日本語が可愛かった。

帰ってからテレビを見直したら、試合終了時のイトジェやカリーの表情が凄まじかった。疲労困憊、もうあと1秒でも試合時間があったなら、身体中の骨が折れ散るだろうというような具合。オールブラックスに勝つには、達成感すら感じることもできないほど集中しなければならないのかと戦慄した。

 

10月27日。ウェールズvs南アフリカ

日曜日。スタジアム内を「日曜日よりの使者」が鳴り響く。まったく、W杯最後の日曜日だなんて、本当に最悪な気分である。もう来週の日曜日は、私にとってはただの日曜日だ。オー、ゴッド。なんてアメリカ人みたいなリアクションしちゃう。さあ、今日はどちらが勝つのだろう。まさか、初の北半球決勝戦か。それとも南アフリカ3度目の優勝へ向けた大前進か。

ポラードの冷静なキックで9点を重ねた南アフリカに対し、ダン・ビガーのこれまた冷静なキックが冴えて6点を得て、引き下がらないウェールズ。点差に比例して肉弾戦、空中戦の激しさは増す。息もつかせぬタックルの応酬。どちらが先に立ち上がれなくなるか、交互に殴り合う決闘のようであった。

ちなみにこの日は1階席でしかもゴールポスト裏だったので、試合の前後がイマイチよく把握できなかった。ただ、1階席の盛り上がりは2階席のそれとはまた別次元だった。

最後の1分、ウェールズラインアウトが失敗するまでどちらの試合でもなかった。あの瞬間、試合が終わった。80分とは思えない試合だった。いつ果てるともなく続く睨み合いだった。

横浜国際競技場を去りがたかった。寂しくって仕方がなかった。

 

11月1日。ニュージーランドvsウェールズ

敗者同士によるラストマッチ。W杯47試合目である。

ニュージーランドの先発にはソニービルウィリアムズやライアン・クロティ、ベン・スミスなどチームを支えたベテランが揃った。彼らの多くはこの試合を最後に、黒衣を脱ぐことになる。ニュージーランドを長く率いた主将キアラン・リードと指揮官、ハンセンヘッドコーチもまた。しかしただの卒業式ではない。勝つことはオールブラックスの至上命題、存在理由である。

ウェールズの闘将アラン・ウィン・ジョーンズもまたラストマッチと囁かれる。その最後を無様な試合では終われない。この大会でのウェールズの活躍をしっかり表して終わりたい。

試合前のハカは、キアラン・リードが音頭を取り、ウェールズも会場も、リスペクトを表した態度でそれを受け取った。実に感動的なハカであった。

ベン・スミス立て続けに2トライをあげ、オールブラックス優勢なムードで試合は進む。やはり1、2メートル、0.5秒の余裕があれば、ニュージーランドは自由に動く。

レタリックからのムーディ、アーロン・スミスからバーデン・バレット、ソニービルからクロティ。自在にボールが飛び交ってゴールラインを越えていく。

グラウンディングをした選手に、すぐアーロン・スミスが寄ってくるのが可愛らしい。スクラムハーフというのは、そういう感じであってほしい。

コンバージョン、ペナルティーゴール合わせてモウンガは15得点をあげ、田村を上回り得点王ランキング1位に。とはいえ3位、4位は僅差でポラードとオーウェン・ファレル。明日の試合がロースコアなら、もしかするとであるが分からない。ウェールズのアダムズも1トライをあげ(らしからぬ、ピックアンドゴー!)、7トライでこちらはトライ王ほぼ確実。

試合後の充実した選手たちの表情には安堵感のようなものが見られた。おつかれさまと言いたい。

 

11月2日。イングランドvs南アフリカ

前週の試合結果からすればイングランド優勢。南アフリカはそのシンプルな試合運びを諦めないだろうから、それに対してエディ・ジョーンズが何か魔法をかけてくるに違いない。そんな予想をしていた。

しかし、先発が発表され、そこに「コルビ」の名前を見た時、「ややっ!」と感じた。これは何か、いきなり天秤が南アフリカに傾いたような気がするぞ、と。今大会のラッキーボーイ的な存在、何をしても当たってしまう気配のコルビがいる。こうなるとマピンピも活きてくる。どうなってしまうのか!

会場を揺らすようなイングランドの大合唱に対し、叫ぶように国歌を歌う南アフリカ主将のコリシ。エモーショナルな戦いの始まりに心踊らされる。

キックオフから激しく体を当て合う両チーム。はやくもペナルティーが出て、ポラードがペナルティーゴールを狙うも外れる。しかしポスト右側で、修正できそうな気配が濃厚。

先週と打って変わって自陣に貼り付けられるイングランドハーフウェイラインを越せば、そこから先で反則はできない。その気持ちが前に出るディフェンスをにぶらしたか、ズルズルとペナルティーゴールを決められる。自分たちのハンドリングエラーやセットプレーの不安定さも相まって主導権を握れない。なんとか追いすがって3ペナルティーゴール、9点をゲット。しかし、2つ目のペナルティーゴールは取れたのではなく、取らされた形。本来ならトライが欲しかったが、南アフリカのゴール前ディフェンスは堅かった…!

後半もすぐにペナルティーゴールを奪う南アフリカ。食らいつくイングランド。トライが出れば、試合の表情が一変しそうな気配の中、不意にアムが抜け出し、マピンピへ。マピンピのキックをアムが拾い、マピンピへ返してトライ!スローフォワードかオフサイドがなかったか、電光石火のトライに言葉を失うほかなかったが、検討の結果トライ成立。ついに天秤は南アフリカへ完全に傾いた!

イングランドの攻めが粗くなる。コルビがインターセプトを狙うなど、南アフリカ優勢の流れは止め難い。70分台の前半にイングランドに点が入れば、というところだったが、こぼれたボールがそのコルビへ渡って、オーウェン・ファレルを抜き去ってゴールラインへ駆け込んだ。まったく、一度倒れた天秤は元に戻らないものである。

点差ほどの力の差はなかった。ただ点差分だけ試合を支配した割合に差があった。それは実力だけではない、何か「流れ」のようなものだった。

エディは試合終盤から呆然とした表情を隠さず、「なぜ負けたか分からない。月曜に考える」とのコメントを残し、悔しさをあらわにしてグラウンドを後にした。その首にメダルはなく、誰かにあげちゃったんじゃないかと思ってしまった。

そう。翌日、イングランドの選手、イトジェなどが受け取ったメダルをすぐ外したことが問題視された。しかし、むしろ悔しさを感じる気高い行動、反応のように思えた。敗者には敗者のプライドがある。銀メダルを拒否することは紳士的であることとは矛盾しない。負けを認めても受け入れないこともまた誇り高いと思う。次の大会での彼らの活躍を期待してる。

一方、南アフリカの陽気な喜びよう! デクラークのブリーフ姿はなんなんでしょうね。笑っちゃいました。ンボナンビやムタワリラの可愛い笑顔も忘れ難い。ポラードが後ろの方にいるのもらしいなあ、なんて。コルビ、デクラーク 、ヤンチースのチビッコ3人衆がコリシの脇を固めてるのも可愛かったなあ。

 

すべての試合が終わり、年間最優秀選手やチーム、コーチはほとんどスプリングボクスの手に渡った。イングランドが勝っておれば、そのすべてはイングランドへ渡ったのだろう。

すでに4年後に向けた戦いは始まった。それは代表だけでなく、いわゆるプロリーグ含めてラグビー界全体が次の4年に向けて動き始めたことを意味する。各国協会の総括、指揮官の取り合い、選手たちの大陸間移動、新たなスターの登場。

私の人生において、ラグビーの存在がさらに大きくなった。これからも楽しみだ。

すべてに期待している。

 

最後に蛇足ながら個人的なベスト15を。と思ったら絞りきれませんでした。一応、先に書いた方が本命。具とイトジェ、ラブスカフニ、モウンガ、コルビ、ボーデン・バレットは絶対のベスト15です。サベアも同じくらい良かったのですが、カリーも外せない。ティモシーとグッドヒューも悩むなあ。中村亮土もほぼベスト15ですが、デアレンデは外せんでしょう。難しいけど、楽しい。もう一回全試合見直さないと、ベスト15話選べませんね! 以上!

 

1 ムタワリラ(RSA)、ムーディー(NZL)、ブニポラ(ENG)

2 ブリッツ(RSA)、マルコム・マークス(RSA)

3 具智元(JPN)

4 イトジェ(ENG)

5 ホワイトロック(NZL)、エツベス(RSA)、スコット・バレット(NZL)

6 アーディ・サベア(NZL)、カリー(ENG)

7 ラピース・ラブスカフニ(JPN)

8 キアラン・リード(NZL)、姫野和樹(JPN)、フェルミューレン(RSA)

9 デクラーク (RSA)、アーロン・スミス(NZL)

10 リッチー・モウンガ(NZL)

11 マピンピ(RSA)、ラドラドラ(FIJ)、福岡堅樹(JPN)、松島幸太郎(JPN)、アダムズ(WAL)

12 中村亮土(JPN)、デアレンデ(RSA)

13 グッドヒュー(NZL)、ティモシー(JPN)

14 コルビ(RSA)

15 ボーデン・バレット(NZL)