diary

いつも考えていること

ニューヨーク旅行記

2月の終わりにニューヨークに行った。

あまり言いたくないが、ニューヨークやら東京やら、パリやら、どこにせよ世界中の都会というのは、テロが怖い。

パリでの同時多発テロが2015年11月13日。

ぼくがこのニューヨーク旅行を予約したのはその一週間程度前のことで、テロが起きた時には「うひゃあ、都会にせんかったらよかった、リゾート地にすればよかった」と後悔してしまった、と素直に白状しておく。

パリのテロ後、今まで通りの生活を続けることこそテロに屈しない意思表示になる、というような意見を見かけて、そうだよな、とは思いつつも、都会は今テロの標的としてかなり危険度が高いと感じずにはいられない。

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警戒心や憎悪といった反応がテロの狙いであるし、そうした感情が次のテロにつながるのだと、頭でわかっていても、湧き上がってくる恐怖心を抑えられない。

パリの次にあるとすれば、そりゃあ世界中たくさん大都市はあるが、ニューヨークはそのうちの一つどころではなく、筆頭だ。

そんなところに行って、もしテロに遭おうものなら、日本社会は自己責任だ、こんな時期にニューヨークに行くなんて危機管理能力が低い、みたいなことを言い出すんじゃないか、と思うと恐ろしい。

さすがにそれはないかもしれないが、フェイスブックの写真をさらされるのは必至で、最悪。このブログまで見つけられようものなら、なんだか変な方向で注目を浴びそうだし、ああ、雑念が沸き起こって止まらない。

しかし、考えてみれば、最も身近な大都市は東京だ。

そしてぼくは東京に住んでいる。アホ中のアホ。

だって、テロどころか地震のリスクも抱えている。

よく平気な顔して住めるものだ。

そんなことを考えながら、大晦日のタイムズスクエアでもテロは起きなかったし、イラクやらシリア等ではテロが起きていたし、アメリカもフランスもロシアも空爆を続け、アメリカの大統領選は混迷し、日本はマイナス金利を導入したのにもかかわらず不発に終わり、石油の価格は不安定で、世界情勢に安定の兆しはなかったけれど、2月末、予定通り、飛び立ったのである(1ドル117円の時だった)。

 

ニューヨークに行きたかった。

目的は自由の女神でもセントラルパークでもない。

世界でも屈指の名作が貯蔵されるニューヨークの美術館である。

短い滞在期間だったので、行けたのはメトロポリタン美術館、近代美術館(MoMA)、グッゲンハイム美術館の3つだけであるが、その3個に行けてまずは満腹だ*1

 

感想を簡潔に書けば、メトロポリタンのすごさが異常で、MoMAグッゲンハイム美術館はやや期待外れだった。事前の期待が大きすぎたのかもしれない。

 

それぞれにいろいろ感じたことはあるけれど、あまり長々書く気もないので、3点だけ。

 

1.ルソー

 ルソーの「眠るジプシー女」「夢」「ライオンの食事」の3点を見たのだけれど、これまでもルソーの作品自体を見たことがなかったわけではないけれど、この3点の美しさには!

 特に「夢」の美しさたるや…。死ぬなら「夢」の前で死にたい、というようなことを思ったほどだ。

 フランス人と思われる親子がちょうどいて「象がいる」「鳥がいる」「サルがいる」というようなことを話しているのもほほえましかった。

 「眠るジプシー女」の前ではびじゅチューンに倣って「ルソー5」のポーズで写真を撮ったが、そんなことよりも、その夜空、月、砂漠、何と深い色合いなのだろうか!

 綺麗だった。本当にきれいだった。

 

2.モネ

 モネという人のすごさは、この間東京都美術館でやっていた「モネ展」でも痛感したところだった。

 「印象、日の出」という記念碑的な作品を描いてしまった人なのだ。そして印象派を飛び越え、色との対話という孤独な旅路へいち早く踏み出し、それは抽象画とさえ思わされる表現となり、人生を通してずっと、ずーっと芸術の最先端にい続けてしまった。

 ぼくはモネの作品を美術館でちらりほらりと見る度に、目出度く思う。色の美しさ、凡人には見えないものが見えてしまったモネ…。

 

3.マティス

 マティスもまた、そのキャリアの最初期はフォービズムという原色を多用し、感覚を重視したわけだが、徐々にその作風を変化させ、晩年は切り絵で作品を作るようになる。つまり、原色どころの騒ぎではない。はさみで切り取られた紙、単純な造形、色はその紙の色、なのである。

 しかしこの切り絵のすごいところは、一目見てマティスだ、と安心させるような、そんな造形なのだ。MoMAでは「スイミング・プール」という作品を見たが、この心地よさは、ぜひ体感してほしい。幸せ、としか表しようがない空間である!

 

特に後ろ2人のすごさは、人生そのものが芸術=新しい価値観の提示となっていることで、しかもそれをちゃんと作品として残し、ぼく程度にさえそのすごさを感じさせる。それってすごい。

 

芸術は、人生に新しい視点、価値観、生き方を与えてくれる有効なツールだ、ということをぼくは「美術好きってかっこいいねー」程度の認識の人に分かってほしいと思う。

それまでの人生が否定されるような、しかし新しい道を切り拓いてくれる。そんな経験を「芸術」と言う。だから絵だけが、彫刻だけが、芸術じゃない…。

 

近頃は保育園の問題が話題になっていて、その話題のたびに腹立たしいことが多い。

相撲の差別意識も改善されないどころか、開き直って酷くなっているとぼくは思う。

旅行から帰ってきたらゴキブリがいた。

つまらないことも多い。

 

けど、ニューヨークでたくさんの芸術に触れられた。描かなかったけど、本当にたくさんの作品を見られた。あの人のも、こんな人のも、たくさん、たくさん。

5月に、大学生の頃から好きなNew Orderの単独講演がある。29年ぶりだそうだ。生まれる前じゃないか。

たまにおいしい食事を作れることがある。

掃除がはかどる日がある。

マニフレックスがとても眠りやすい。

吉川英治の『三国志』を青空文庫でちょっとずつ読み進めるのが楽しい。

そんなような楽しさもある。

 

4月から部署が変わって、今よりは忙しくなりそうな気がする。

久々にブログを書いた。

日々のちょっとしたことに満足できているので、あまり書かないようになったのかもしれない。

また、何か書きたくなって、書くだろう。

*1:ニューヨークにはギャラリーを含め大小数えきれないほどの美術館がある。他に行けたらと思うのはフリック・コレクションやニュー・ミュージアム、イサム・ノグチ美術館、MoMA PS1、ディア・ビーコンとか。チェルシーのギャラリーも見てみたかったけれど、行ってもどうしようもないか…とも思う