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いつも考えていること

フィリップ・オーディング『1つの定理を証明する99の方法』

フィリップ・オーディングの『1つの定理を証明する99の方法』を読んだ。

「もしもx3−6x2+11x -6=2xー2が成り立てば、x=1かx=4である」という証明に対する99の解法を示す大作である(x3はxの3乗を示してます)。

最初に示されるのは「証明 省略 □」である。末尾の□はQEDのさらに省略した形。参考書でやられるとブチギレそうになるやつだ。

そして2つ目に紹介されるのは「引き算によりx3−6x2+9x-4=0となり、(x -1)2(x-4)=0と因数分解される。□」。笑っちゃう。どう因数分解するのか教えろ!

満を辞しての因数分解の方法は分配法則を用いて(x -1)により各項の数式を括るというもの。つまり(x -1)(x2−5x+4)=0になるように頑張ってみてください。

そのほかy=x3−6x2+11x -5とy=2x−2の交点を図示するパターンや、なぜかx=y+1を代入したら解けるパターン、背理法を用いるパターンやx=2cosθ+2にすることで4cos3θ−3cosθ−cos3θ=0となり、cos3θ=1であることからx=2cos[(arccos1)/3]+2となる、という「気の利いた」証明もある(フランスの数学者フランソワ・ヴィエトに由来する代入らしい、一体全体なぜ三角関数が登場するのか‥)。

そんな具合になんとか理解できるものもあれば「言葉抜きの」謎の立方体による証明や「定規とコンパス」を用いた証明、専門用語をつかったもの(モニックな単変数3次4項式とか単変数線形2項式とか実質含意の真理値とか、排他的選言が真かとか、むにゃむにゃ)、聴覚によるものとして楽譜が示されたり、折り紙やサイケデリックな模様、神秘主義定な文様など、読んでも理解できないものも少なくない。

表し方としては、アルゴリズム的な表現や、手話、楔文字、身振り、特許風だったり新聞記事風だったり、前置記法や後置記法などもあり、これらもまたすぐには理解できないものである。

とにかく99の証明方法を集めた大著であり、とんだ奇書だ。

もちろん元ネタはレーモン・クノーの『文体練習』である。「最後に」においてこの方程式が選ばれた理由が明かされるのだが、なんと「『文体練習』のベースとなっている物語を代数幾何学的に解読した結果に基づいて」選んだとのことである。

二つの解、つまり交点は、フェルト帽をかぶった男が2回目撃されていることの記号化である。第一の交点は物語の前半を説明しており、首の長い男が語り手と同じ方向に移動していた曲線は接することになった。さらに二つ目の交点は、語り手が駅前に立つ男のそばを通る、という後半の展開を記述しているこれらの条件を満たすもっとも単純な曲線として、方程式の両辺が姿を現したのである。

驚きである。まさか元ネタの言葉を数式に置き換え、忠実に再現していたとは。そのうえ「改めてクノーの作品を読んだわたしは、そこで初めて、その語りの主題である問題の男が悪趣味の戯画化であることに気がついた。(…)この退化した3次方程式も扱いにくく、標準形ですらなく、やはりスタイルの違いを目立たせることになったのだ。」という告白もあり、また驚きを禁じ得ない。

 

最後に、3次方程式の解の公式を初めて見たのですが、めちゃくちゃ複雑でした。いわく、この公式を覚えてる人に出会ったことはない、そうだ。