Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(春)

贔屓の力士が引退した。贔屓と言ったってただのファンだから、「推し」くらいのものだけど。度重なる怪我で休場を続けた最後の一年間、私が彼の姿を見ることはほとんどなかった。

時折報道で見かけても、数秒しか映らないから元気かどうかわからなった。だから、ちゃんと観た最後の姿は、腰砕けで負ける姿だった。力の入っていない相撲だった。負けた直後、苦笑いをしているように見えたのは私だけだろうか。

最後の白星は若手の大関に対してだった。際どい相撲だったが、頭から土俵下へ落ちていったから勝った。意地を見せた一番だった。翌日は久々の横綱相星決戦で、負けはしたけど盛り上がる展開だった。座席には誰もいなかった。感染症の影響で無観客開催だったから。

勝負強い力士だったと思う。大関に上がるのも、横綱への昇進も、ここしかないというチャンスをモノにした(大関獲りは一度逃しているけど)。期待の高い人気「日本人」力士たちがモタモタしているのを横目に、大関の座も横綱の座も、マークを外すような飛び込みでさっと奪い去っていった。

圧倒的に強い、というよりも軽やかでしなやかな強さだった。歴代最強横綱や、闘魂燃やす軽量横綱などに挟まれながらも、六回も優勝したのはすごいことだ。惜しむらくは、日本人力士が横綱になって、四横綱時代が一年程度あったが、その間優勝できなかったことだろうか。しかし怪我をしてたのでどうしようもない。

その間ある事件があって、彼もその現場にいたそうなのだが、その前に「俺なんか休んでるのでもっとダメだ」と自嘲して場を和ませたとか、一方で先輩横綱に「お前の指導がなってない」と叱られたとか、そんなエピソードは彼らしかった。荒れた世論を目にしながら、少しホッとしたくらいだった。

彼の土俵入りは久々の雲竜型で、前に雲竜型だった気性の荒い横綱の、気迫あふれるせり上がりとは少し違っていて、気品があって、バランスが取れていて、好きだった。もちろん、目には気合がこもっていたし、強さがないわけではない。でも、どことなく柔らかさを感じた。

可愛らしい唇、つぶらな瞳、笑顔の彼の写真を見ると癒された。角界石原さとみというあだ名があったくらいだ(局地的かもしれないが)。

引退後、少なくともしばらくは親方として角界に残ってくれるらしい。横綱特権の5年間の猶予を、その後どうするのかは私にはさっぱりわからない。

もう彼の相撲を見ることはないと思っても、この1年間、ほとんど見ていなかったからか、あんまり悲しくない。無理に出場して怪我や弱さを感じさせられるより、姿を見せなくなって引退されるのも悪くないものだ。

私は明日から誰を応援しようか。同じ部屋の若手力士か。そういうものなのかな。親方としての彼を追い続けるのもありか。それとも今場所優勝した、怪我からの復活を果たした元大関(そして来場所大関に戻る)を応援するのもいいかもしれない。いや、その人のことは前から応援していたのだけれど。

今日は彼が勝ったか負けたかとヤキモキする日々は終わった。今場所は出場できるのかとか横審のバカとか思わなくてもいい。

そう思いながら月曜日を迎えた。

晴れていた。

昨日の強い風で桜はもう散った。

もうコートは要らない。軽やかな春の装いで私は会社へ向かう。

すぐに夏がやってくるだろう。