Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(熱狂)

湯島がオリンピック選手が名前を呼び上げられた時のようにTシャツに書かれた「ATARAYA HIGH SCHOOL」の文字を人差し指でなぞったので笑ってしまった。

「なんよ」と湯島が不思議そうに言うので「かっこよかったで、いまのん」と僕は矢島の肩を叩いた。ふん、と鼻を鳴らし不満げな湯島だったが、試合に向けての気合は万端なのだった。

僕らがお揃いのTシャツを着ているのも、弱小チームながら、部活動気分を味わいたかっただけで、三年生のたぶん最後の試合、すくなくとも最後の大会に向けて、二年生で考えたちょっとしたサプライズだった。

我々がお揃いのTシャツで現れた途端、向山さんはえらく喜んで全員と握手して「ありがとうなあ」と万巻の思いを表していたし、普段クールな高田さんも「よっしゃ、やったろうぜ」なんて柄にもないことを言って赤面していた。

応援先で湯島が突然「あたらや高校の名にかけて気合い見せようぜ」とTシャツの文字をなぞり、後輩を鼓舞した時、僕はそのかっこよさに思わず笑ってしまったわけだ。

互いに礼をして、試合が始まるまで一年生はソワソワしていたが、試合が始まり二年生らが「あたらや、ファイト!」「いけ、いけ、あたらや」などと声を出し始めるとスタンドは声援で満たされて、僕もその一体となって心地よい気持ちになった。

試合は終始押され気味だったが、珍しくも食い下がっており、奇跡が起きれば勝つかも知れなかったが、その奇跡とは最後の三分間、相手がすべてのシュートをミスり、こちらが全てのリバウンドをゲットして得点に結びつける、みたいな奇跡だったので、起きなかった。それにしたってうちの高校からすれば、十分な健闘だった。顧問の田中も顔を真っ赤にしてコート内に指示を飛ばしていたし、終わってからは「よくやった!」なんて今まで緩い練習しかしてこなかった人とは思えない熱のこもった歓待だった。

そんな、少し離れてみれば奇妙な、内側からすればささやかな熱狂の中、あたらや高校バスケ部の夏は終わった。夏休み明けには僕たちが最上級生になる。その時かな熱狂は、かすかでも残っているのか、あるいは儚い夢と化すのか。縁側でアイスを食べながら僕は、不安に思うのだった。