靴紐がよくほどける。ほどけるとは、解けると書く。そんなことはどうでもよい。
ずっと昔から、何度上手な結び方を調べても理解できないし、覚えられない。
歩いてると、突然に解けた感覚がする。靴の中を足が滑って、紐がビャンビャン当たるからだ。
都会におりますと、後ろから次から次へと人がやってくるので、おもむろにしゃがみこんで結ぶわけにはいかない。
スマホをいじっている人に蹴られたりしたら堪らんし、東京の人というのはやたらに舌打ちなんかするし、そんなことはなくとも突然目の前の人間がしゃがみこんだらビックリするだろう。なので、脇に避ける等せんければならず、存外そのタイミングが難しい。
そんで結んでみたはいいものの、またすぐ解けたりする。うわ、またかよ、くっそ。で、次はきつく結んだら、甲が痛くなったり。あー、もう、イライラする、この靴はもう履きませんっ! なんてもったいないことはできないけど。
小学四年生頃まで蝶々結びができなかった。右と左もいまいちはっきり理解してなかった。市外局番も知らなかったし、家の住所も言えなかったし、下の名前を漢字で書けなかった。いろいろ恥ずかしいことだらけだった。
ある日、ラグビーのイベントで神戸製鋼の選手とタグラグビーをさせてもらった。何の偶然かお声がかかって、神戸製鋼の大八木選手とプレーさせてもらえた。だいたい、子供の腰の位置は低いので、大人と子どもがタグラグビーをすると、子どもが有利だったりする。
ちょこまかと走り回っていたら靴紐が解けた。サーっと体温が下がるのがわかった。母親の姿を探したが、グラウンド外で、カメラを構えていた。私の靴紐が解けているのに気がついて、唖然とした表情をしていた。もしかしたら、駆け寄ることも一瞬考えたのではないか。立ちすくむ私に大八木選手が寄ってきた。「どないしてん? 靴紐ほどけてるで」というようなことを言われ、思わず私はもごもごと「お母さんに結んでもらわないと…」と言ってしまった。すると大八木選手はその巨大な体躯を屈めて、僕の靴紐を結んでくれた。「俺に靴紐結ばせたのは、君が初めてやで」と言われた。場内で笑いが起きた。顔から火が出た。
靴紐を結ぶ度に思い出す。恥の多い人生である。