番組制作者、挑戦者、視聴者の相撲への無知・無理解を利用した朝青龍による朝青龍と琴光喜と相撲ファンのための引退相撲。
「朝青龍を押し出したら1000万円」と題され大晦日に放映されたAbematvの番組はそんな感じだった。
そもそも、「押し出したら」と題してる時点で、制作・演出サイドの無知は明らかで。
年末に相撲好きの友人と飲んで
「"押し出したら"って言うけど、決まり手を押し出しに限定する難しさはなんなのか。
最後に体がばたりと倒れたら押し倒しになるが、それはいいのか。
まわしを取ったら寄り切りになってしまうし、最後突いたら突き出しになるが、ダメなのか。
あるいは取組のスタート時点で挑戦者は朝青龍の筈に手をやって押していくのだろうか。
わからん」
などと与太話していた。
実際にはそんな瑣末なこだわりはなく、相撲の勝ちを「押し出し」と表しているだけであった。
「張り手なし」「変化なし」「カチ上げなし」の3ルール自体は筋が良かったが、立ち合いそのものに関するルールがなかったのは痛い。1人目の挑戦者やボブ・サップなどはもうグダグダな立ち合いで、本当にひどかった。
「朝青龍はぶつかり稽古のように胸を出して受けること」というルールにすれば、おのずから相手優位のスタートになって、もうちょっと白熱したのではないだろうか(アメフトの人は勝てたかもしれん)。
まあ、そんなルールの適当さやなんかは「あえて」無知ぶっているのかもしれない。相撲を知らない人にも分かりやすいように、エンタメ性を重視して。
いずれにせよ、朝青龍の関心は一般挑戦者や柔道家の泉浩、ボブ・サップにはなかったのである。朝青龍は琴光喜にしか関心がなかった。
だから、そんなルールやなんかのグダグダな状況を気にする感じもなかった。
そのためにこの企画を利用した。
取組後の朝青龍を見ていると、そんなように見えた。
それまで稽古用の白いまわしをつけていたのに、この一番だけ黒の締め込みに変えた。
やる気しか感じない。それまで片手間に見ていたのに、時間前から緊張感が高まるのを感じ、興奮していく。もちろん朝青龍一人で出せる雰囲気ではない。琴光喜が相手だからこそ生み出される緊張感。
時間いっぱいのパフォーマンスは懐かしく、嬉しい。
当時はよく批判していたものだし、大相撲に必要かと問われたら、いかがなものかとは思うが、やっぱりエンタメ性は抜群だ。
なによりも、土俵の内側に入ってからは余計な所作がない点がとても好ましい。
少し琴光喜が早く立つも、受ける朝青龍。そのズレと受け方に立ち合いの成立に必要な要素を思う。
受けて立っても前回しいい位置を引く朝青龍。
琴光喜の右下手を切る。現役時代を思わせる天才的な切り方。朝青龍と白鵬が見せてくれた大一番を思い出し、はっとする。
そして、見本のような寄りで琴光喜を地に倒した。
なんとも力の入る、輝きに満ちた一番だった…!
取組後、昨今の角界に対して一言と問われ「ファンが喜ぶ相撲を取ってほしい」と言った時、日馬富士が安馬の時によく言っていた「お客さんが喜ぶ相撲を取りたい」を意識させられたのは、私だけだろうか。
大相撲に関心のない、話題に乗っただけの視聴者からすれば、全員負けたし、さほどの見せ場もなかったし、期待はずれで、面白くなかっただろうと思う。
相撲ファンからすれば、朝青龍という名力士をまた見られた幸せ。
また、行司が木村庄之助だったのも嬉しい。
土俵は誰が作ったのだろう。
土俵下にふわふわのマットが敷いてあって、これは大相撲にも取り入れてほしいな、なんて余計なことも。
琴光喜以外との取組は、逆説的にちゃんとした相撲の魅力を感じさせるものだったが、
それは朝青龍という存在が相撲そのものだったからなのだろう。
大相撲の外で、相撲の魅力をひしひしと感じた、不思議な、不思議な大晦日。