年末年始は地図を見ていた。東京都の地図、マップルの冊子。
昨年の暮れにバタバタあって、転居を考えないといけなくなった。それで、私はおかしなやつなので、物件情報ではなく、東京の地図をじっと見つめていた。
東京。地図をぢっと見ていると、あれやこれやと思う。かつて住んでいた場所や、行ったことのあるところ、今いる場所の近隣。改めて地図を見て、それだけで心千々に飛び回る。
ふしぎ。地図は全くの平面で、Googleのようにすぐに画像を出したりしてくれるものではないのに、スマホの小さい画面でGoogleを睨みつけるよりも遥かに記憶を鮮明に思い起こさせてくれる。ああ、この細い路地を歩いたことがある! そんなようなことをGoogleはあまり思い出させてくれない。
個人的な思い出ばかりでなく、東京を貫く大きな道とか、住む場所の雰囲気のような、ざっくりとした感覚を感じさせてもくれる。
23区の外、東京の市部へ。甲州街道、青梅街道が東西を貫き、そこから分岐するように五日市街道、井の頭通り、人見街道、連雀通や東八道路なんてのも出てくる。南北を繋ぐのは三鷹通、武蔵境通、天文台通、小金井街道や府中街道なんてのも出てきてそこから先はもうようわからん。むろん環七、環八も外せない。
多摩川、神田川。相撲好きだから、荒川や隅田川ばかり気にしていたが、多摩川もまた江戸を支えてきた。
年始、もしかしてそんなようなことが知れるやもしれぬと江戸東京博物館に行ってみた。あったあった。江戸時代の村落形成の図が。武蔵野台地を多摩川に沿って広がる村落。小金井や境、連雀や無礼(牟礼)、高井戸、井草、荻窪。今の土地と何も変わらぬ。
こいつぁ面白い。江戸の頃の土地に人々がぎゅうぎゅうよりあって住んでいる。わいわい。
さて、どこへ住もうか。どこへ住むのも楽しそうだ。住めば都、毒を食らわば皿まで、ちとちゃうか。
ちなみに江戸東京博物館はこの四月から三年間、大規模改修に伴う長期休館に入る。