・オリバー・ストーン『スノーデン』
パソコンについているウェブカメラが遠隔操作され、室内を覗かれているかもしれない、と知ったら、急いでパソコンのフタを閉めたくなるだろう。
覗き見の犯人が国家の諜報機関だろうが、テロリストだろうが、ただの窃視症患者だろうが、良し悪しに関係はない。覗き見ができるという事実、いや、実際に行われていたという事実を知り、恐ろしく思う。
私たちは、安全・安心のために私だけに所属する行動や感情という「秘密」、つまり人生そのものを手放してしまっている。
スノーデンの告発は私たちに、私たちは人生を誰にも売り渡さなくてもよいはずだ、と気づかせてくれる(それを達成することは難しいが)。
私たちの愛情や友情の表現が記録され、「必要に応じ」活用できるようどこかに仕舞われている、ということに気持ち悪さを感じたい。
「必要なだけの監視」などという言葉に意味はない。「必要さ」は恣意的に運用されてしまうのだから。
・デイミアン・チャゼル『LA LA LAND』
予告編や前評判に圧倒的な期待感を寄せて、月曜夜の劇場は会社帰りらしき人たちで満員。
冒頭、高速道路の渋滞における歌「Another day of sun」と踊り。ミュージカル映画の幕開けを告げる疾走感。色鮮やかな画面から溢れ出る祝祭の感覚。太陽はまた登る、という歌詞から希望を感じ、明るい映画の予感に胸が弾む。タイトルが映し出され、演劇ならば拍手するのだけれど、という思いをグッと堪える。
エマ・ストーン演じるミアの退屈な日常と結果の出ないオーディションから、パーティのシーン。歌は「Someone in the crowd」、この中に私を引っ張り上げてくれる誰かがいるかもしれない、というミアの期待と観客の期待が同時にはじける。ワクワクが止まらない。
次に、ライアン・ゴズリング演じるセバスチャンのうだつの上がらない日々が描き出される。ピアノが奏でるこの物悲しいジャズの音がこの映画を貫くテーマソングだと直感する。
このジャズシーンの直後に主人公らが出会うかと思いきや肩透かし。
そして聴こえてくるa-haの「Take on me」、そして「I run」。ミュージカルはいったんお休み。
しかし、そのパーティの帰り道、とうとう二人が邂逅し、「A lovely night」でタップダンス! このタップダンスのシーンだけ何度も見たいくらいラブリーなステップ。
映画館での手を繋ぐや繋がないかとか、ありがちなドキドキも嬉しく、プラネタリウムで宙を舞う二人にときめく。その後、二人が結ばれて、ウキウキな日々も素敵。
が、ここまでのテンポが良いだけに後半の停滞は辛い。歌や踊りもなく、辛い時間が続く。ジョン・レジェンドによるバンド演奏も作中、否定的に捉えられていることもあり、楽しい気分にはならない。ジョン・レジェンド、胡散臭さが半端ない。
それまでの流れを支えるような最後のオーディションを超え、ラスト10分のありえたかもしれない物語には切なくなる。そのありえた映画を観たい、と思ってしまった。
数少ない映画の知識ではあるが、『シェルブールの雨傘』のフランス映画の象徴のような結末を思い出した。結ばれるばかりがハッピーエンドではない、ということか。
しかし、エンドロールで結末を無視するかのように、インド映画ばりに二人で踊ってほしかった。
全体の感想としても、もっと踊ってほしい、歌ってほしい、はしゃいでほしい!と感じてしまった。
ミュージカルは目の前で演じるため、休憩が要る。歌ってないシーン、主役が出ていないシーンがあるのは人間の体力の都合上仕方のないことだ。しかし、映画なら、休憩は要らない。ミュージカルにできないこととして、あり得ないくらい歌と踊りをぶち込んでほしかった。わがままか。
前半の気持ちの良さに浸るため、サントラを聴き、予告編を見直す毎日である。
・小沢健二『流動体について』
背景に流れるぽよ、ぽよ、という音が可愛らしい。
もしも間違いに気がつくことがなかったのなら
並行する世界の毎日
子供たちも違う子たちか
神の手の中にあるなら
その時々にできることは
宇宙の中で良いことを決意するくらい
それが夜の芝生の上に舞い降りる時に
誓いは消えかけてはないか
深い愛を抱けているか
ほの甘いカルピスの味が現状を問いかける
といった大人な歌詞、その歌声、メロディ、すべて心地よい。
「天使たちのシーン」や「ある光」を聴き直し、合間にまた「流動体について」「神秘的」を聴く日々。
・『自選谷川俊太郎詩集』
言葉の染み込み方が心地よく、浸透率が高く、自分が透き通っていくような気持ちになる。
誰にもせかされずに私は死にたい
そよかぜが窓から草木の香りを運んでくる
大気が何でもない日々の物音を包んでいる 出来たらそんな場所で
もう鼻はその香りをかげないとしても
もう耳はもっとも身近な者の嘆きしか聞けないとしても
なんて言葉を吸い込んでいたら、死ぬことも怖くないように思えてくる。