izumishiyou's diary

いつも考えていること

無題

人気ロックバンド「RADWIMPS」が6月6日にリリースした新曲「HINOMARU」の歌詞が波紋を広げている。「この身体に流れゆくは 気高き御国の御霊」「さぁいざ行かん 日出づる国の御名のもとに」といったナショナリズムを高揚させるような言葉が散りばめられているからだ。

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サッカーの応援歌かなーと思ったら、サッカーの応援歌のカップリングらしい。歌詞のインパクトはそれとして、音楽としては妙に静か。桐谷健太が似たようなメロディで歌ってた気がする(適当)。

記事の最後で取り上げられているゆずの『ガイコクジンノトモダチ』という歌も話題になったのは覚えている。妙に明るいメロディとやけに強いメッセージ性に、右目と左目の視力が極端に異なっている時のようなくらくらした感じを覚えた。

サッカーソングといえば、椎名林檎が『NIPPON』で批判されたことを覚えている。2014年のこと。久々に聴いてみたら、椎名林檎感がすごい。椎名林檎による椎名林檎パロディみたいな。批判されたのは「混じり気の無い気高い青」とか「噫また不意に接近している淡い死の匂い」というような歌詞が、純血主義や特攻隊を想起させること。

関係ないけど、2014年のワールドカップといえば、ドイツがブラジルをボコボコにしていたのが怖かったなー。

 

愛国心を煽るのが問題なのではなくて、排外主義的な思想が問題なのだと思う。

たとえばゆずの『ガイコクジンノトモダチ』は「国歌はこっそり唄わなくちゃ」とか「国旗はタンスの奥にしまいましょう」と歌うことで、「国歌や国旗を誇りに思わないのはおかしい」と主張する。「この国で生まれ 育ち 愛し 生きる」と歌い、個人の前に国歌があると歌う。愛国心どうのこうのというよりも、その排外主義的な発想に不安を感じるのだ(もしかして、この曲が「批判されている!」と憤る人は「国歌を歌わせず、国旗を掲げさせない方が排外的だ!」と思っているのかもしれない…。どうぞ、ご自由に歌い、掲げてくださいとしか言いようがない。人に強制しないでください、というただそれだけ)。

椎名林檎の『NIPPON』も、純血主義を感じさせたことで、排外的な要素を批判されることとなったわけで(感覚が麻痺しているだけかもしれないが、今聴いてみても、ぼくとしてはそこまでの拒否感はない(強い肯定感もないが)) 

 

で、RADWIMPSはどうなのか。

やっぱり、排外主義的な思想が見え隠れしてはないだろうか。国旗を見、「意味もなく懐かしく」なる。「意味もなく」、つまり問答無用に愛国心を強制していると感じられてしまうようにぼくは思う。

「さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に」ってところも、なぜ国家に殉じなあかんのか、と疑問に思わされる。

「台風や津波といった災害に負けない」というような歌詞もあるが、災害復興というのは各々の生活のために行われるのであって、国家のために行われているのではない。「御名の下に」という一言によって、この歌はずいぶん排外的になっているように思う。

 

しかし、「軍歌っぽい勇ましさ」を批判している人がいるなら、それはちょっと難しいことだと思う。軍歌っぽい勇ましさは特に問題ではないと思うのだ。世に「前に進もう」とか「困難を乗り越えよう」とか、そういうポジティブな歌詞は溢れかえっている。ぼくはそれほどそういう「元気な歌」が好きではないが、この曲に散りばめられた「軍歌っぽい」歌詞は、それら「元気な歌」とほぼ同一の単語なので、簡単に否定することはできないのではないか(「御名の下に」というところはを軍歌っぽい、というのならそれは前述のとおりおかしいと思うが)。

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というところまで書いていたら、野田洋次郎さんが謝罪したらしい。

やっぱり「軍歌っぽい」ところが争点のようであるが、勇ましい歌詞のすべてが大抵軍歌っぽいと言えてしまわないか…?

たとえばEXILEの『Rising Sun』なんてそもそもタイトルからちょっとそれっぽいし「この鼓動が止まる日まで 決してあきらめない」とか「このOne Way Road いちまいの片道切符」とか、どうなんですか。

エレファントカシマシの『俺たちの明日』の「さあ がんばろうぜ! 負けるなよ」とか「愛する人のためのこの命」とかも、こうやって切り取ってみれば、なんとでも言える。

もちろん、これはあえていちゃもんをつけてみただけだ。上記2曲を軍歌っぽいとは思わない。前向きな歌、という意味でなんとなく思い浮かんだので挙げた。

しかしだからこそ「勇ましさ」「前向きさ」「元気さ」は批判できないと思うのだ。実際、すでにもう世にあふれかえっている。どちらかと言えば、そこまで励まされなければならない現代社会の方が心配なくらいだ。大丈夫?

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というわけで、愛国心を煽ることとか、勇ましい歌詞が問題なのではなくて、排外主義的な思想が問題にされるべきだと思う。謝罪しようが何しようが、「国旗を見たら、"普通"じーんとくるよね」「御名の下にがんばりたいよね」ってなことを思っているとしたら、あるいは思っている人が増えたり、大手を振って他人に強制してきたりする方が、怖い。

 

そういえば。

「胸に優しき母の声 背中に強き父の教え」という歌詞からDragon Ashの『Grateful days』の「父から得た揺るぎない誇り 母がくれた大きないたわり」という歌詞を思い出した。

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「東京生まれHIPHOP育ち 悪そうな奴は大体友達」で著名な歌である。ぼくが10歳くらいのころのヒットソング。嵐の『A・RA・SHI』とともに衝撃的で、何度も聴いていた。どっちのラップも、ゴツゴツした手触り(手慣れてない感じ…?)が魅力的でたまらない。

しかし、この「親に感謝」がデフォルトなのも、もう結構辟易としてしまいます。まあ、「親には感謝しない奴は最低」みたいな歌詞じゃないから、スルーできるけど。

にしても「父=強い」「母=優しい」ってまたずいぶんステレオタイプな発想だ。詩的想像力はステレオタイプからの逸脱だと思うので、ありがちな言葉の羅列は、なんだかなーと思ってしまいました。