izumishiyou's diary

いつも考えていること

レタスクラブベタ褒め、そして自らを用済みと思い込む男

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dマガジンで雑誌を斜め読みしまくるのは趣味というより日課なのです。毎週、毎月、膨大な情報を編み出す雑誌をリスペクトしつつも、ものの5分10分でやっつけてしまう私。どうもデータになると優しさが失われて、そんな邪険な扱いをしてしまう。大学生の時は週刊文春週刊新潮、SPAが落ちている変なバイト先だったので、それらを20分くらいかけじっくり読んでいたのに(暇だっただけ?)。

 

dマガジンで読める雑誌のうちの一つに『レタスクラブ』がある。雑誌大好きと言いつつも、スルーしてしまう「料理」コーナーにある雑誌*1。実家は「STORY」が鎮座しており、今に至るまで「レタスクラブ」とのご縁がなかった。たぶん、スーパーやコンビニにある雑誌の棚で見かけたことがある程度。それが今になって自分の目に飛び込んできたのはセレンディピティ。思い起こせば、前に編集長のインタビューが話題になってたのは覚えてる。

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前置きはそれくらいにして、レタスクラブの素晴らしいところを述べていきます。そして、素晴らしいことは一点に尽きる=雑誌全体の視点にブレがないこと。

ファッション誌にありがちな「着たい服を着よう」特集の後に「モテ服コーデ」「女子会コーデ」「彼氏の家族に会うコーデ」「プレゼンコーデ」「内勤コーデ」「接待コーデ」を紹介するようなことはレタスクラブにはない*2*3*4*5

手抜き家事でも大丈夫、という特集の後に丁寧な暮らし系列の説教が載るようなことはない*6。というか全体に説教がない。家事がめんどくさいという気持ちをまず肯定してくれる。

だからすごく安心して読める。理想的な人間や生活といった憧れの対象を見せて努力を強要するのではなく、私たちの日常にこびりついて離れない「めんどくささ」を認め、できるとこからより良くしようとしてくれている。と、私のようなめんどくさがりな人間は感じる。

編集長は「統一感がなくなったと言われる」と話しているが、内容が多岐に渡っているのにもかかわらず視点が統一されているのだから、何の問題もないように思う。むしろ、視点を揃えられている編集長の力量に驚嘆する。

老いも若きも未婚も既婚も、一人暮らしも実家暮らしも、レタスクラブを読んでみてほしい。SNSでもテレビでも新聞でも、地雷の多いこの世の中で、レタスクラブは安寧の知的空間を提供してくれています。味付けはウスターソースとトマトケチャップが1:1で洋風に、しょうゆとみりんが1:1で和風になります(マジ便利)。

 

話題としてもう一つ。連載されてるコミックエッセイ、野原広子『離婚してもいいですか?』。

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ツイッターで同じように離婚を考えている主婦の方々を見かけると、フォローしてしまう。この漫画は彼女たちのツイートそのものだ。辛い。指先の切り傷のように辛い。それぞれに異なった状況ではあるけれど、共通しているのは「なんとかなる」と思って踏み切った結婚が今、なんとかならなくなってきている、ということ。結婚という共同生活は不断の努力により成り立つものであるにもかかわらず…。ボタンを掛け違ったら、掛け違ったところまでボタンを外さないといけない。それは大抵、より手間取るもので。人によっては、その服を切って脱ぐしかないのかもしれない。 

目線を夫側にやれば。あんまり「妻との関係がうまくいってない、離婚したい」という男性を見たことがなくて、どちらかといえば「妻に拒否されている、どうやったら妻は変わるのか!怒」みたいな人なら見かけたことがあるし、先ほどの離婚を考えている女性たちの夫は大抵そうだ。

『離婚してもいいですか?』の夫は妻の作った料理に点数をつける。妻を「ニコニコしてるだけの女」と蔑む。「仕事と家事の両立はできないだろうな」と鼻で笑う。シングルマザーの同級生が働いている姿を「輝いている」と感じる。不思議なことだ。どうして妻に優しくできないのか?

もしかすると、夫を、男性を悩ませている原因は妻でもなんでもなくて、己の存在価値のなさなのではないだろうか?

中島らもは『日の出通り商店街 いきいきデー』という小説で登場人物にこんなことを話させる。

男ってのは、そうだなあ。たとえば嬶ちゃんでも他の女でも誰でもいいや。アレをしてぴゅっと出るものが出て、そいつがめでたくご懐妊となったとするね。そしたらもうその男ってのは、はっきり言って、この世に要らないんだ

(略)

カマキリの牡といっしょさ。人間の男は、カマキリより頭がいいからね。屁理屈つけて、何とか自分も生きてけるようにあれこれ考えるだろ

(略)

中年過ぎると、ぼんやり気づいてくるんだ。自分はもう用済みだってね。仕事なんて、ただの暇つぶしなんだって、ね。

『離婚してもいいですか?」の夫もこれと同じ虚無を抱え、目的の失われた自分の人生の価値のなさにイラつき、子供のように当たり散らしているだけのようにぼくには思える。

10代や20代までは自分に価値がある、これから自分の真価が発揮される、そんな漠然とした希望を抱いていて、「これから、これから」「どんまい、どんまい」、いつか私は何者かになると思っている。しかし、何者にもなれないことを知り、自分のためでなく家族のために人生が進められ、世界が回っていることに気づき、「どうして俺が主役じゃないんだ!」と周囲に当たり散らしている。ように見える。 

ぼくにもそんな気持ちはある。今に至ってもどこかで自分を表現し、認められたい気持ちがある。具体的に思い描けない「その日」を夢見ているような幼い部分が自分にはある。一方で髄が根暗なニヒリストなので、社会に出てようやく、自分のようななににもならない人間たちで社会は成り立ってるんだなと気づき、安心し、甘んじ、こんな自分に訪れた平和な日々を味わえている部分もある。

だから、前者、認められたいともがく辛さは分かる。分かるからこそ、その辛さを他人に当たることの幼稚さ、卑怯さ、愚かさを思う。自分はそうなっていないか? たまになっちゃうな。屈折したプライドが自分自身を締め付けて、はみ出て他人に当たってしまう。自分のことしか見えていない、余裕のない人から成長したい。

もう一つの連載、おぐらなおみ『私の穴がうまらない』は話題となった『夫のペニスが入らない』を思わせるタイトル。セックスレスについての漫画だ。

こちらも胸を騒つかせる一品である。娘に「お母さんもお父さんにモテたい」と言ってバカにされる回は、身につまされる。

「大人になったら、そんな思いから卒業できるんじゃないの!?」

「卒業延期だよ…(留年決定さ)」

私たちは永遠に留年。しかしいつまでも現世に留まれることもできない。その身も魂もみんな滅びますよ、なーんて。

*1:ちなみに、男性趣味・ホビーの棚と歴史の棚もスルーしてしまう

*2:何着持たないといけないんだ!

*3:着まわしの途中で服を買い足すな!

*4:「アンダー3万円で買える」は高い!

*5:でも4000円くらいで着られる服にときめかない

*6:「丁寧な暮らし」はド金持ちの娯楽…