Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(ぬいぐるみ)

別に誰も気にしてないと思うんですけど、今月から、週二回ではなく、一回の更新にします。

 

風呂上がり、いつものように「こすらず落とす!バスマジックリン」を手に取って、浴槽にかけたときだった。僕は今日Nが僕をバカにしたような目で見てきたことや資料を打ち合わせテーブルに放置したこと、へらへら課長のMさんと話しして、途中こっちを見てくすくす笑ったことなど思い出してしまった。頭の中に血が上る。いらだち。Nめ、あのやろう、何様なんだ、クソやろう。口にはとても出せないが、脳みその中に言葉と気持ちが氾濫する。しんどい。つらい。

怒りのまま、手に持っていたバスマジックリンをゴミ箱に投げ入れた。買い置きしていた詰め替え用も放り込み、ビニル袋の口を閉めた。このバスマジックリンに罪はないが、むしろこれまでこの家の浴槽をきれいに保ってくれていたが、いつだったかものすごく前のこと、昼休みの雑談で、Nに勧められたものだった。それが許せなかった。これからバスマジックリンを見るたびにNを思い出すなんて耐えられないと思った。

涙が出てきた。ああ、自分はこんなにもNが、いや会社での仕事が嫌だったんだと思った。バスマジックリンを捨てるほど、なんて言うと誰も理解してくれないだろう。でも、それ以外の表現がないくらい、自分はもう会社も、Nの顔を見るのも嫌だった。嫌で嫌でしょうがなかった。自分のやりたいこともはっきりとわからないから、自分の嫌なことも曖昧なままにしてしまって、それでこんなことになるまで何もせず手をこまねいていた。

小学生の頃から一緒に生きてきた、クマのぬいぐるみを抱きしめる。柔らかく、僕の形に変形する。僕はクマの頭を撫で、クマのアゴの下に埋もれる。すこし泣く。

翌朝、それでも僕は会社に向かってしまう。朝七時に起きて身支度を始めるのをとめられない。惰性で、いつもの電車に乗ってしまう。会社が近づく。昨日の夜、風呂場で思い知った自分の気持ちを抱きしめるように抑え込む。

抱きしめたクマのぬいぐるみが、僕の形に凹んで床に転がっていたのを思い出す。抱きしめるって、潰すってことなのか。「お父さん、痛いよ」。昔の僕、あるいはどこかの子どもの声を幻聴する。

凹んだぬいぐるみの僕は、自動ドアをくぐり、エレベータに乗ってオフィスに。おはようございます、と声をかけても誰も振り向かない。暗い顔しててもダメだぞと思って、ニコニコしてみる。隣の席のYさんが引き攣った表情で「ご機嫌だね」と言う。「はい!おはようございます!」と大きな声を出してみる。Nや課長のことを視界に入れないようにすぐ机に埋もれる。大丈夫、大丈夫。今日一日はまだ始まったばっかりだから。