Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(預ける10シーン)

1.@美術館

コインロッカーに荷物を入れて、受付の人にチケットを渡し、半券をもぎってもらう。

2.@オーケストラのコンサート会場

フロントでコートと手荷物を預け、心地よい音楽に身を委ね眠気に負ける。

3.@バイト先

店長が銀行に行くから、「山口さん、ちょっとの間、店を預けるね!」と大声を出して私に声をかけた。コーヒーを飲んでいたお客さんがこちらを見て、少し笑った。

4.@銀行

こんな大金を待って出かけるのは久々だ。同窓会の会計を任された。できれば振り込んでくれと言ったのに、当日現金で持ってくる人の多いこと。数十万円を抱えながら、この程度でビクビクするのは小物なんだろうなと思う。世の中の人はもっと大きなお金を動かして、眉ひとつ動かさないのだ。ATMに並び、私はお金を預けた。

5.@義実家

すいません、お願いしますと頭を下げると、いーのよと優しい声。夫の母親を信用しないわけじゃないが他人なことは間違いない。子どもを預けるのはいつも怖い。何か吹き込まれてないか、変なもの食べさせられてないか。預けている私から、そんなこと聞けやしないが…。

6.@整体

ベッドに横たわり、整体師の大森さんに体を預ける。体も大きい大森さんは、大きな、温かい手のひらで私の体をごきりごきりと整えてくれる。

7.@相撲

右四つで組んだまま、膠着状態になった二人の力士。土俵中央、額に汗が吹き出す。行司が焦れた声で「ハッケヨイ」と声をかけるが二人は動かない。呼吸で太鼓腹が凹んだり膨らんだりする。野営の土俵。周囲を囲んだ観客たちも「どうした、どうした」「先に動け」「引きつけろ」などと口々に叫ぶ。叫び疲れたのか静寂が訪れ、その後、満場の拍手。またしてもヤジが飛び始め、そして水入り。再度組み直すも同じ状態。また水入り。三度目にそれを繰り返した頃、土俵下の審判が手を挙げた。「この勝負、預りとする」と宣言し、場内怒号や喝采で騒がしい。二人の力士は安堵した表情で掴んだ回しから手を外す。真っ赤になった手のひら。乱れた大銀杏。真っ赤な顔、体。一礼してその場を去る。

8.@会議

まただ、どうしていつも私はそんな役目をさせられるのか。こういう損な決定の時だけ、みんなが私を見る。「下駄を預けたよ」と目で訴える。引き受ける私も悪いかもしれない。私は振り絞って声を出す。「それでいきましょうよ」なんて物分かりのいい声で。声を出した私は言い出しっぺになる。言い出しっぺはやらなくちゃならないのだ。

9.@病院

癌を宣告されて、しばらく放心していた。いつの間にか家にいたが、その道中の記憶がない。暗い家の中のがらんとした静けさが妙に印象的に自分に迫った。電気は点けないまま、ソファに深く沈み込んだ。あの医者に、命を預けられるだろうか。自分はまず何をすべきだろうか、いろんなことを考えているのに何も考えていないのと同じだった。

10.@相撲部

昔から自分の体のでかさが嫌いだった。どうしてこんなバカみたいな大きい人間に生まれてしまったのか。両親ともに平均的な身長、体重なのに、なぜなのか。母親が力士かレスラーと不倫した時の子供なんじゃないかと思ったりもした。中学を卒業したら、体を使う仕事をしようと思っていた。よくわからないが、とにかく力仕事をして、この体をそのまま金に変えられれば、ちょっとは救われるんじゃないかと。そう思っていたのに、遠くから高校の先生が来て、両親に頭を下げていた。「お子さんを預からせてください」と。相撲部の監督をしているその先生は、どこからか俺のことを聞きつけてスカウトに来たのだった。三年間、俺にその体を預けてくれ、と俺にも頭を下げるから、俺は困惑した。返事を保留し、先生が帰ってから、両親に金にならないならやらないと言った。次の日、母親は電話して、その理由を先生に伝えたら「なら金になるようにしてやる、三年間は無給だが、その後にすぐ関取にしてやる、そう伝えてください」と返された。それで俺はならやってやるかと突然思った。三年間の無給分稼げなかったら先生をとっちめますよ、と電話したら大笑いして「いいぞいいぞ、いくらでもやってくれ」と言われた。それで俺はもう腹が極まった。