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いつも考えていること

「在宅勤務率公表」施策は意味があるのか?

1.序論

 2020年以降の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、2020年4月7日、7都府県に対し緊急事態宣言が発出され、対象地域での「接触機会の8割減」、そして在宅勤務・テレワーク等による「出勤者数の7割減」などが求められた*1。その後、特定警戒地域やまん延防止等重点措置など様々な名称で対策が継続され、対象地域に対し、飲食店の休業など各都道府県において様々な対策が打ち出された。対策は各都道府県やその状況下において、変わっていったが、企業に対する「出勤者数の7割減」はほとんど変わることなく、引き続き求められてきた。

 第四波と言われる感染者数の増加を受けて、2021年5月7日、日本政府は「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を決定し、そこで初めて「企業における公表」として「経済団体に対し、在宅勤務(テ レワーク)の活用等による出勤者数の7割削減の実施状況を各事業者が 自ら積極的に公表し、取組を促進するよう要請するとともに、公表され た情報の幅広い周知について、関連する事業者と連携して取り組む」ことを打ち出した*2

 この基本的対処方針の変更を受け、同年同月18日、経済産業省は「出勤者数の削減に関する実施状況の公表・登録」のページを立ち上げ、各事業者が自社のホームページ等で公表したことをエクセルファイルにまとめる施策を始めた*3

 火曜日までに登録した情報を水曜日に公表する、という形で毎週更新されていくこととなっている。次項でも再度確認するが、当初200社程度だった登録事業者数は、徐々に増加しており、6月8日時点では858社となっている。

 この施策は、その登録が始まった時を除き、ほとんどマスコミ報道がなされていない*4。有り体に言えば、誰も関心を持たないまま、淡々と更新されている施策となっているのである。

 新型コロナウイルス感染症への対策は、専門家の意見を踏まえ政策を決定していくものであり、実効性が重要であると同時に、実効性の薄い、あるいはない施策は改善または廃止されるべきである。「緊急事態」に余計な仕事を増やすべきではないことは、明らかだ。

 これまで実施されてきた各種施策、たとえば布マスク2枚の配布や学校休業、あるいは飲食店における酒類提供制限などについては、マスコミや国会での討議など、すでに施策の評価反省が行われてきている(適切に行われたとまでは言わないが)。しかし、本施策については、マスコミからの関心も、SNSなどでの話題にもならず、評価反省どころかその存在すら認知されていないまま、淡々と企業によってデータが登録され続けている状態となっている。

 施策自体がまだ一ヶ月も経っていないからとも言えるが、反対に言えばこの「緊急事態」時に一ヶ月も経った施策に対して何らの評価反省もされていないのはおかしなことである。行政は企業側に登録を求めるばかりでなく、自らの施策に対してPDCAサイクルかなんかを回すべきである。

 ついては、本稿において、この「在宅勤務率公表」施策の現状を把握・認識し、その問題点を指摘する。なお、本稿では施策の有効性について問うことはしない。なぜなら、施策の有効性を確認するためには、「その施策がなかったとしたら感染の拡大状況はどのように変化していたのか」というシミュレーションが必要となる*5。結論を先取りすることになるが、「在宅勤務率公表」施策において、施策の有無と感染拡大状況を結びつけることは困難であり、施策の有効性評価の可能性そのものが閉ざされていると言える。そのため、本稿では施策の有効性ではなく、施策のあり方を問うこととなる。そうした施策のあり方そのものも問題点の一つなのである。

 

2.公表状況

①公表社数

 公表数の変遷をたどると以下のとおりである(公表されたエクセルから確認)。

  5月18日 292社

  5月26日 573社

  6月1日 732社

  6月8日 858社

 新規登録者数は292社、281社、159社、126社と注目度の低さによってか、伸びが悪くなっている。なお、5月26日は鉄道や生保など、6月1日はメーカーや商社などの登録が目立ち、業界ごとに連携が取られている、あるいは様子を見あっているように見受けられた。

 経済産業省が事業者数を何社程度想定しているのかはわからないが、経済産業省の外局である中小企業庁によると大企業だけでも1万社以上あるとしている。本来357.8万ある中小企業も含めれば、公表率は0.02%。大企業のみを母数としても、8.6%。

 独立行政法人なども公表の対象であることを考えると、この公表率は多いとは言えないだろう。

 このようなデータベースとしては、「女性の活躍推進企業データベース」が思い当たるが、こちらは14,369社が登録している*6。また、四季報は上場企業3,822社の情報が載っている*7

 これらと比しても858社がいかに少ないかは明白だろう。

 憶測であるが、エクセルでの公表という形を考えれば、経済産業省は今後も登録社数が劇的に伸びることを想定していないのかもしれない。

②公表方法

 各事業者の取組みは、「出勤者数の削減に関する実施状況の公表・登録」のページ内に、登録されたデータ(URL)をまとめた形で掲載されている。要はURLの一覧がエクセルとなっているだけであり、各社の取組内容を確認するためには、そのURLをクリックして当該ページを見なければならないのである。

 各社によっては、「在宅勤務率」に関する専用のページを用意し、そのページへの直リンクを貼っているものもあれば、本件に関するプレスリリースなどpdfファイルが開かれる会社もある。また、単にホームページのトップ画面のリンクを貼っているだけで、どこに在宅勤務率等の情報が記載されているのか、すぐにはわからない企業もある。

 また、6月1日に登録されたある大手航空会社の記載したURLをクリックしても、該当するページがないという事象を確認している(6月8日においても改善されていない)。つまり、経済産業省は企業の登録をそのまま「コピペ」転載しているだけで、その内容はおろかURLの場所にさえ感知していないことが伺える。

 このことから、経済産業省自身がこの施策に興味関心を持っていないとは言えるのではないだろうか。

③公表内容

 公表すべき内容について、経済産業省からフォーマットが示されており、そこでは「定量的な取組内容」と「具体的な取組や工夫」を記載することとされている。また、「定量的な取組内容」においては「算定の対象とする従業員の範囲」を限定することが想定されている*8。 

 しかしながら、このフォーマットは示されたものに過ぎず、各事業者の公表内容は本フォーマットに従っていない。またフォーマットに従っていたとしても、フォーマットそのものを改変しているケースもある(示された項目の加除修正)。

 各事業者の公表内容はフォーマットの記載内容を満たしていないものも少なくない。筆者が確認した中で、公表内容をおおまかに分類すると、概ね以下の3種類に分けることができると考える。

⑴ 実施率記載型

⑵ 目標記載型

⑶ 自社取組宣伝型

 実施率記載型と目標記載型は、名前のとおり、実施率を記載しているものと目標を記載しているもので、どちらとも公表しているケースもあれば、片方のみ掲載しているケースもある(目標しか記載していないケースもある、ということである)。

 そして、自社取組宣伝型は、自社の取り組みについて事細かに記載している積極宣伝と、やるべきことはやっているとする消極宣伝の2種類に分けられる。積極宣伝としては、たとえば電鉄会社における車両内の換気や手すり等の消毒などへの取組など、広報的な要素を含んだ記載のことである。消極宣伝としては実施率や目標の記載有無によらず時差出勤への取組みや

など政府の示すガイドラインに沿っていることを示すものである。

 実施率と目標が併記されているケースがあるように宣伝内容も様々組み合わされていることもある。要は、各事業者によって、書きたいことを書いている、という状態なのである。

 また、実施率についても「本社に限る」「現業部門を除く」「5月時点」「4月○日から4月○日の間」など、これもまた各事業者によって恣意的な記載がされているのである。ほとんどの企業においては7割近い数字、少なくとも5割を超える在宅勤務実施率が提示されているのである。

 

3.施策の評価 

 本施策の狙いは、経済産業省の公表ページによれば、以下のように説明されている。

「新たな日常」の象徴でもあるテレワーク等については、既に多くの事業者において取り組んでいただいているところです。こうした事業者の実施状況について、エッセンシャルワーカーに配慮しつつ、定量的な取組内容に加えて、各事業者で工夫されたことなどを幅広く共有することで、好事例の横展開等を図ることができると考えられます。このため、経済産業省では、各事業者の公表サイトの情報を一覧性のある形で取りまとめ、公表することとしています。*9

 各企業が、在宅勤務率を公表することで、好事例の横展開を図り、在宅勤務実施率を向上させることが目的というわけである。

 しかしながら、前項で見たとおり、まず公表数が少ない。

 そして、公表内容が確認しにくく、さらに企業によってバラバラである。また具体的な好事例のようなものが記載されているケースは稀であり、フォーマットにおいてさえそのような記載を推奨していない。また、各事業者は書きたいこと、書けることだけを記載しており、実際の出社率削減にどれほどの効果があったのかを明確にできない。

 こうした公表状況では、好事例の横展開や在宅勤務率の向上といった施策の狙いが達成できている、とは言えないのではないか。

 

4.結論

 以上、「在宅勤務率公表」施策の状況と、施策の狙いが達成されていないことを確認してきた。各事業者は経済産業省の号令に従い、できる範囲で対応していると言える。問題は、このような状況を放置して、淡々とURLをエクセルにまとめ続ける経済産業省である。

 この疑問に対して邪推をするならば、結局のところ本施策の狙いは、「相互監視」にあるのではないか。つまり、在宅勤務実施率が低い事業者に対して、「世間」がそれを問題視し、在宅勤務実施率を上げるよう求めるよう仕向けたい、と考えているのではないか。この邪推は「自粛」を基本とするこれまでの日本政府の政策の進め方への疑念を根底に持つものである。もちろん政府が、いわゆる自粛警察的な動きのようなものを「世間」に期待している、とは思いたくないし、もし本当にこれが狙いだったとしても、経済産業省がそれを公にすることはないだろう。そうした最低限の良識は持っていると信じている。

 邪推は置いておいても、経済産業省という行政機関が事業者を牽制し、在宅勤務率の向上を間接的に監視するような姿勢は、好ましいものではない。

 そもそも、在宅勤務というのは柔軟な働き方を推進するためのものであって、一律に適用されるべき働き方ではない。新型コロナウイルス感染症の状況があろうと、その原則は本来崩されるべきではないと筆者は考える。

 出勤による感染症拡大のリスクがあろうと、仕事に従事するにあたって家庭では取り組みにくいこともある。住環境が整っているとは言えない日本において7割を原則とすることに違和感がある。

 それよりも職場内感染を減らすための施策等を整えるべきではないだろうか。そのための衛生学的な方策を示すことの方がよほど必要な情報提供であり、事業者に求めるべき内容であると考える。 厚生労働省においてさえ、事業所内での感染症対策としては第一に在宅勤務が挙げられている*10。第一に在宅勤務を挙げるのではなく、適切な換気など、事務所内での対策などをより豊富に示すべきではないだろうか。

 こうして外圧的に進められた在宅勤務が、「コロナ後」の働き方をどのように変えるのか、私たちはまだわかっていない。まるで何事もなかったかのように、また皆出社し始めるのか。それとも在宅勤務という勤務形態が一般化するのか。

 いずれにせよ、それは外圧や強制によるべきものではなく、労働者自らが考えるべき問題である。ましてや実施率などで測られるべきものではない。一人一人の希望が優先される、多様な労働のあり方と、それらに適切に対応する労働環境の確保がなされていかなければならないのである。

 子育てしながら家でも働ける、などというお題目は実際は困難なことで、家に子供がいれば、そちらに注意を向けなければならない。子育て世帯が本当に必要としているのは在宅勤務ではなく、時短勤務や事業場内保育所、フレックスタイムなど他の方策かもしれないのだ。そしてその希望は、一人一人異なる。ある人はやはり在宅勤務がいいのかもしれないし、ある人は事業場内保育所を望んでいるかもしれない。

 また、労働者側だけでなく、職場が求める成果という観点もある。それは在宅勤務だと過程が見えないとか、本当に集中して取り組んでいるのか、サボっている時間はないのかという話ではなく、事務室というある種閉鎖的な空間での直接のコミュニケーションが生み出す新しい発想や、円滑なコミュニケーションといったもののことである。一つの場所に人が集まることを簡単に蔑ろにすることが良いとは思えない。

 以前から唱えられている「働き方改革」が、今般のコロナ禍によって、形を変えているが、それがより良い方向へ進んでいるのか(そもそも「働き方改革」のあり方すら問うべきである)、「在宅勤務率公表」施策のような話題となっていないものも含めて、さまざまな角度から検証する必要があるだろう。

 

〈補記〉

 「在宅勤務率公表」施策以外にも、東京都が行った博物館・美術館に対する休業要請なども効果があったのか疑わしく、博物館協会は施策の科学的検証を求めている*11

 しかしながら、複雑な要素の絡む社会において、各施策の有効性を科学的に検証することが可能とは思えない*12

 そもそも施策が有効性を検証できるように設計されていなければならないが、そうした検証可能性を考慮した施策が多くないことが問題である。この施策をやった結果、こうなればよい、という具体的なイメージが見えてこなければならないが、やったことに意味がある状態になっているような施策が多いように感じる。

 ただし、「施策は検証可能なように立案せよ」と言うのは容易いが、その設計は困難である。そればかりか、定量的なエビデンスだけを求める社会も息苦しい。

 とはいえ、「やったことに意味のある施策」における行政の狙いは、「世間」による「相互監視」にあるように思えてならない。休業要請しかり、在宅勤務率しかり。

 であるからこそ、そうした行政の思惑に乗っかって分断してしまうのではなく「一丸となってバラバラ」*13に対抗する必要があるのだが、これがとにかく難しい。

 まず行政の監視、そして行政への参加という現実的なやり方で、感染症からも、行政による無理難題からも身を守っていく、という姿勢が大切だと考える。これは本稿で述べた「労働者自らが自らの働き方を考える」ということにもつながるものである。

*1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/emergency/

*2:https://corona.go.jp/expert-meeting/pdf/kihon_h_20210507.pdf

*3:https://www.meti.go.jp/covid-19/attendance.html

*4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA119KB0R10C21A5000000/https://www.asahi.com/articles/ASP5M5QFNP5MULFA01M.htmlhttps://news.yahoo.co.jp/articles/9cd7d1eef3c857c741008a144a17986fb93cac90など

*5:http://www.crepe.e.u-tokyo.ac.jp/material/crepecl10.html

*6:https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb/sp/

*7:https://str.toyokeizai.net/magazine/shikiho/

*8:https://www.meti.go.jp/covid-19/attendance/format.docx

*9:https://www.meti.go.jp/covid-19/attendance.html

*10:https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/000821200.pdf

*11:https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/24127

*12:『学校一斉休校は正しかったのか?ー検証・新型コロナと教育ー』(筑波書房、2021)の朝岡幸彦・岩松真紀「学校一斉休校は正しかったのか」では、世界人権宣言やシラクサ原則、それらを踏まえた広瀬巌『パンデミック倫理学』(勁草書房、2021年)における自由の制限基準に照らし、「学校一斉休業の『要請』は政府が個人の権利と自由を制限する基本的な要件を満たしていない」(p39)と結論づけている。学校一斉休校の効果そのものについては、「専門家会議や文科省の見解とのズレがある以上、疑わしかったと言わざるをえない」としているが、これは明確に因果関係がなかった(効果がなかった)ことを示せているわけではないと考えるし、多分それは無理なのだ。

*13:https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b378371.html