雨あがりのしづかな風がそよいでゐた あのとき。叢は露の雫にまだ濡れて 蜘蛛の念珠も光つてゐた。東の空には ゆるやかな虹がかかつてゐた。僕らはだまつて立つてゐた。
肌寒さが心地よい夕暮れで、夏はもうすぐそこだった。長袖で過ごす夜は今日が最後だろう。次に降る雨は、きっと蒸し暑いだろう。
今日が何月何日かはわからない。けれど、今日がそんな季節だということはわかっている。
君が迎えに来てくれて、僕は手を引かれるように家路をゆく。使わなかった傘を持つ。少し濡れたズボンの裾が目に入る。
なんでなんだよ、なにがだよ、ばか、あははは、という会話が耳に入って、彼らは脇道へ逸れてった。その後を追うように、暗い顔をした女が路地裏へ消えた。
長く伸びた影が、車に轢かれた。けれど、車に轢かれそうになった瞬間、影はその体を車の側面に起こして避けた。君があららと笑った。 不思議だねえとか言い合って。
草の匂いがする。よくわからん虫が飛んでいる。それを雨露に煌めく蜘蛛の巣が狙っている。蜘蛛も濡れている。
家までは後もう少し。坂道を歩く。濡れた地面と靴底が、重たい音を出している。お茶漬けが食べたい。鮭フレークをまぶした、お茶漬け。
日が暮れてゆく。ピンク色に染まった空が刻一刻と小さくなる。なんで、誰のせいでこんなことになるのかわからない。
でも生きて、君と歩いているのでよしとする。君もよしとしているのか、と聞きたいのを堪える。君もよしとしているのか?
(1行目は立原道造『萱草に寄す』「虹とひとと」より)