Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(ある一日)

一人の人間の一日には、必ず一人、「その日の天使」がついている。

 ある日の僕は、寝起きは悪いし、食パンは切らしているし、コーヒーのストックもなくて、満員電車に乗り込んだら次の駅で押し出された上に乗り込めなくなったし、財布を忘れて昼飯が食べられず、上司からはお小言を喰らい、散々な一日だった。そんな散々な一日がようやく終わる。そう思って帰路についても、目の前で電車は行っちゃうし、次の電車は大崎止まりだし、乗り換えた電車は下品な話を大声でしている威勢のいい若者がうるさかった。ようやく着いた最寄駅ではいつものコンビニが「天井からの水漏れにより急遽休業」だった。普段なら行かないスーパーに、遠回りしてよってみたら21時閉店で、その近くにあったデイリーヤマザキは普段と違う品揃えで僕は不服だった。

デイリーヤマザキを出ると犬が繋がれていた。大きなモフモフした犬だった。後で知ったが、ラブラドゥードルという犬種らしい。僕はしゃがんで、犬と目線を合わせたら、モフモフした顔に、つぶらな瞳が埋まっていた。「こんにちは」と声をかけたら、うなづいたように見えた。ぺろっと鼻を舐め、おすわりから伏せの態勢になった。鼻をクンクンさせて僕に擦り寄せるような仕草をしたので、思わず撫でた。飼い主さんの許可を得てないけど、いいかな、と思いつつ、撫でてしまった。頭や体を撫でると、体を揺らして気持ちよさそうな表情をした。なんとも愛らしかった。「じゃあね」と言って僕は立ち上がった。またうなづいたような気がした。店から人が出てくる気配はない。僕はモフモフ犬に手を振った。また長い舌で鼻をぺろっと舐めた。

それで家に帰った。なぜかぶんぶん飛ぶ虫が入り込んでいて電球にガツンガツンぶつかっていた。ため息をつきながら、殺虫剤を手に取った。

そんな風な一日があった。 

(1行目は中島らも『恋は底ぢから』「その日の天使」より)