Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(ふくらむちゃん)

感染者の拡大もあって、年末年始も実家に帰らず、そのまま二回目の緊急事態宣言になり、それがさらに延長されて、十一月の晴れた日に、実家に顔を出したのが逆効果で、里心のついた私は無性に地元の空気を吸いたくなって、二月の妙な祝日を利用して連休を作った私は地元に帰った。

両親には何も知らさず、実家の玄関の前に立つとドキドキした。子供の頃は壁のように見えていた玄関の柵、何度も通った石段、古臭い石段。嫌いな実家。もうお前はよそものだと植木もすりガラスも呼びかけてくる。

十一月の時は、万が一を考えてこの玄関先で挨拶をしただけだ。地元の友達ともそんな感じで挨拶を交わし、一生泊まることはないと思っていた駅前のビジネスホテルに泊まってすぐに帰った。不思議な二日だった。この土地の亡霊になった気分だった。

チャイムを鳴らした。小さい頃に父親に担がれて連打した時以来に押す、小さなチャイム。ジリリリリと鳴った。しばらくして人の足音が聞こえ…、母親が出た。

私は突然込み上げた涙を抑えられず、泣きながら母親の胸に顔を埋めた。

どうしたの?とか、あらまあ、もう、とか言う母親の声が頭に当たる。この無意味だった一年に、結論がついたような気がした。

 

それでその連休を実家で過ごした私は、すっかり元気になってやっぱり実家は嫌いだと思って、胸を張って家を出た。出る時に私は「行ってきます」と言った。いつか「ただいま」を言う人の言い方だった。

 

東京駅に着いて、行きは案内表示しか見ていなかったが、ようくあたりを見渡すと、いろんな店があって面白いことに気づいた。

ハンカチ屋さんや餃子屋さん、日本酒のバーもスペインバルも、蕎麦屋に洋食屋もあった。

雑貨屋をうろうろしてたら、壁に白いホワホワしたものが貼り付けられていた。ニコッと微笑んだ雲のような、食パンのようなそのぬいぐるみは「ふくらむちゃん」と言うらしい。ふくらむちゃんはへこんだ人をふくらませてくれるらしい。駅ナカの商業施設のマスコットガールらしい。私はもう驚くほどにときめいた。こんなかわいいものがいるのか!と。

その場で検索したら東京駅の改札外にふくらむちゃんの柱があることがわかったから、私はすぐにそこに行った。ふくらむちゃんは柱に巻きついてめちゃくちゃふくらんでいた。かわいかった。撫でまくった。気持ちよかった。

 

満足して山手線に乗り、検索したら、なんと来月末で引退だと知った。頭を殴られたような衝撃で涙が出た。明日からもう前までの日常には戻れない。そう思った。