Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(スキー)

スキー派は俺と清水さんだけだった。他の四人はスノボー派で、道中散々「教えてやるからスノボーにしろよ」等々勧誘を受けたが跳ね除けた。別にスキーは楽しいのだから、乗り換える必要などないのだ。下手に乗り換えて、こけまくったり、怪我したりしたら、楽しくない。

そんな俺の理屈を受けてかどうかはわからないが、清水さんも頑なに固辞した。

そんなわけで、スキー場に着いてレンタルする時からもうスキー派とスノボー派はすっかり分かれた。諸々の準備が整って合流してからも、我々スキー派が逆ハの字でちゃっちゃかリフトに並び始めても、スノボー派はだらだらボードを抱えて歩いていたし、四人がけのリフトを彼らは仲良く一つ占領し、我々は贅沢に二人きりで使用させていただいたり、よし滑り出そうと思ったら、ちょっと待って〜とか言いながらボードをガチャガチャ言わせて装着し始めたり。

「ボードってめんどくさそうだね」と俺が言うと、清水さんは「ほんとにね」ととにかく不思議そうな表情をした。

滑り始めてからもボード組はやたらスピードを出してガリガリ先に行ったかと思えば、コースの隅っこに座ってだべったりする。初級コースなのに派手に転んでゲラゲラ笑ってたりする。

我々二人は中級レベルという具合だった。適度なスピードを保ち、冷えた風を感じながら滑ることを楽しんだ。

時々ボード組のだべりに参加しようと思うのだが、いかんせん奴らは座っているから何を話しているのかよくわからない。お尻が濡れそうだが構わんのかななどと余計なことすら思う。

そしたら清水さんが「こっちの中級コース行かへん?」と地図を指すから、俺は賛同した。お前らはどうすんの、と聞いたが要領を得ない返事。そんで、明らかにクソ下手くそなエミリちゃんが「私中級無理やわー、あははははは」と言うから、よし、スキー派とスノボー派はもう袂を分けようと決心した。16時には滑り終え、ロビーに集合することにした。

それで我々は第8リフトに乗った。リフトが上がるにつれ、空が広がって、向こうの山々が見渡せるようになり、空気は澄んでいった。子供の頃のスキーの思い出なんかを話し合った。あの頃は怖かった、リフトが支柱を通ってガタガタ揺れるのも、今ではもうちっとも怖くなかった。安っぽいスピーカーから流れるJ-POP。低音が一切聞こえないから、スキー場の音楽はきっと独特にそれらしく聞こえるのだろう。でももう広瀬香美は流されない。

リフトを降りて、僕らは互いに写真を撮り合った。向こうに見える山が、なんという名かは分からなかった。

中級のスカイビューコースには、あまり人がいなかった。上手い人たちは次々に滑り始め、瞬く間に消え去るからだ。

僕らも滑り始めた。初級者コースで感じたまだるっこさが消え、二人ともすらすらと滑った。気がつけばさっきまでいた場所はもう見えないくらい下に降りていた。

上級者コースと初級者コースの分かれ目を示す看板があった。その看板の前で僕は清水さんを待った。清水さんは手放しで上手いとは言えないが、危なげはなかった。それはまあ、僕も同じくらいのレベルだった。

「上級はちょっと怖いね」と看板の指す方を見あった。非圧雪のコースはでこぼこしていて、斜面はキツく、よほどでないと乗りこなせないだろうと思われた。

「そうだね」と清水さんは言った。

その時清水さんの目が真正面から僕を見た。ゴーグルを帽子までずり上げていて、黒目がちな瞳が雪の光を反射してきらきらしていた。僕もゴーグルを外した。清水さんの顔をちゃんと見たかったからだ。雪が真っ白で、自分が宙に浮いてるみたいだった。コースには誰もいなかった。清水さんと目があった。予感がして、僕らはそっとキスをした。

それから他のコースもたくさん滑った。16時ギリギリまで滑り倒した。スノボー組は下の方でわいわい楽しんだと言うが、何が楽しかったんだかわからない。温泉につかり、また二時間かけて帰った。

清水さんとはその後何もなかった。デートにも行かなかった。誘ったけど断られたのだ。まあ、そんなもんかと思った。

しばらくして清水さんはスノボー派の神尾と付き合い始めた。なんでやねんと思った。それから清水さんのことはすっかり忘れた。仕事が楽しかった。スキーに行くこともなかった。数年ぶりにFacebookを開くと、「マユ、初めてのスキー!」という神尾の投稿が目に入った。いつの間にやら神尾はスキー派に鞍替えしたらしい。子供ももうずいぶん大きくなったみたいだ。久々にスキーに行きたくなった。