Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(絵を描く)

その美術館は狭く、入館料は200円、四半世紀前に亡くなった芸術家のアトリエがそのまま開放されているだけで、庭に置かれた彫刻を見ながらお茶するのが一番の見どころ。ちなみに、お茶するだけでも200円払わないといけない。

油絵の匂いが好きで、アトリエに10分くらいいたが、誰も来ない。まるで私のアトリエみたい、なんて思うが、都内一等地に庭付き戸建て、アトリエスペースありなんて、買わない宝くじが当たらない限り私のものにはならない。

趣味で絵を描き始めたのは3年前のこと。50歳になってすぐ、関連会社への出向を命じられ、そして翌年転籍となり、ああ、これで俺の会社員生活も一旦終了だなと思ったからだった。

関連会社の部長として、給料は随分と下がったが、俺なんてこれくらいが妥当だよなと思う気持ちもある。むしろ今までよくこの倍近い額を払ってくれていたものだ。現場の皆さんを踏み台にして、俺の給料が稼がれていると言っても過言ではない。

そんな消化試合のような気持ちの冬、公園を散歩していたら、県立美術館が目に入り、暖を取ろうと門を潜った。600円の常設展。さらりと描かれた印象派の誰かのデッサンがあり、俺は描いてみたいと思ったのだった。

描き始めてから、誰に教わるでもなかったので、描くのに疲れたら適当な美術館へ行った。目に焼き付けて、家で再現を試みる。満足いくことはなかったが、とりあえず楽しかった。

それで今日はその美術館に寄ったのだ。しかし抽象画は目に焼き付けようがなく、少々虚しかった。

家に帰って、デッサン用のノートを取り出し、俺は理想のアトリエを描き始めた。高い天井、作品を置く棚、未完成の作品を立て掛けておくスペース、たくさんの筆や絵の具を置く机、立派な木枠のイーゼル、小さくて収まりの良い椅子。窓からはたくさん光が入り、モチーフを照らしている。

下手くそな絵だったが、初めて模写でもなく、目の前にあるモチーフでもない、頭の中にあるイメージを絵にした。

妻が帰ってきた。俺はノートを閉じた。