彼女に会う前に四冊も単行本を買ってしまったので、待ち合わせの駅で会ってすぐ、ぼくはコインロッカーに荷物を入れようとした。
ぼくは手ぶらで歩くのが大好きだから、美術館でもショッピングでも散策でも、一時間以上歩くならコインロッカーに荷物を入れたい。
今日のデートは映画を見て、ショッピングをする予定だったので、ぼくはすぐにでも荷物をコインロッカーにぶち込みたかった。それだからこそ四冊も単行本を買ったとも言える。
彼女とは二回目のデートだったから、いきなりコインロッカーに荷物を押し込む男を変に思うんじゃないかと、妙な誤解を生まないようにそのあたりを少し話した。彼女は分かったような分かっていないような顔で、そうなんだねと相槌を打った。
ぼくはあたりをつけておいたコインロッカーにそそくさと移動し、空いているボックスへ荷物を入れた。
彼女はトートバッグを持っていたから、ぼくは気を遣ったつもりで、「もしよかったら、何か入れる?」と彼女に聞いた。もしかしたら、トートバッグの中にどうでもいいものが入っていて、コインロッカーに入れておきたいかもしれないじゃないか!
すると彼女は辺りをうかがってからぼくに少し近づき、声を潜めて「ねえ、こういうのって公安警察に見張られてるんじゃない?」と言った。
ぼくは何を言われたのか全然さっぱりわからなかった。公安? 見張られる? なぜ?
「いや、どうだろう。何も違法な取引したり、大金をどうこうしてるわけじゃないから、見張られないんじゃないかな。うん、きっと、そうだと思う」
とぼくは言葉を絞り出した。彼女は納得していない表情でしばらく考えた様子で、それから
「そうじゃないって確認するために見張ってると思う」
と言った。ぼくはそりゃそうかもしれないなと思った。もし公安がそんな暇ならば、だけれど。
「とりあえず、入れるものはないってことだよね」
とぼくは一応念押しして扉を閉めた。お金を入れてカチャン、カチャンとコインが落ちた。鍵を回してぼくは「じゃ、行こっか」と映画館へと歩き出した。
最近のコインロッカーは電子マネーで支払えるものもあるから、公安も見張りやすくなったかもしれないと思った。