Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(荷受人)

ピンポンを鳴らす。

一瞬の静寂があって、にわかに扉の向こうからガサゴソ音がし始める。「ちょっと待ってくださーい」とか「はいはいはい」とか「はーい」とか、そういう声が飛んでくる。それからがしっ、がちゃんと音がして扉が開く。

俺は努めて笑顔で「お荷物です!」と伝え、ハンコかサインをもらい、荷物を渡すと急いで車に戻る。運ぶべき荷物は荷台の中で山となっている。俺はこれを運び切らなくちゃならない。

そんな忙しないある日のお客さんの話をしたい。

 

立派な一軒家だった。俺は一軒家が苦手だ。家の中との距離があるから、呼び鈴後の反応がわからない。山ほどある荷物のことを考えながら、俺は玄関の前に立って待つ。もう一度呼び鈴を鳴らして、しばらくしたら不在通知を入れようと思う。

最近は家の前に不在時の受け取り用ボックスを設置している一軒家も多い。念のためそう言うものがないか辺りをキョロキョロ見回しておくが、ない。

インターホンからざらついた声で「ちょっとお待ちください」と声がかかった。ここからしばらく待たされるのも一軒家の特徴で、だから一軒家は嫌いなんだと俺は改めて思う。

しかもこんな都心に、こんな豪邸。いったいどんだけ金を持てば、ここに住むことになるのか。俺には想像もつかない。

ようやく出てきたご婦人はつっけんどんな応対でサインする。「玄関まで運んでくださらない?」なんて言うから笑ってしまった。俺はすごく嫌だなと思いつつも笑顔で運び込む。

お綺麗な玄関をジロジロ見るわけにもいかなかったが、靴箱の上に置かれた陶器の人形かなにかが目に入った。こんな家に生まれたら、と一瞬考えて、よそ行きの服に身を包む不機嫌な顔の男の子の姿が思い浮かんだ。

俺は「ありやしたー」と適当な挨拶をした。ご婦人はこちらを見ずに扉を閉めた。

 

次に訪れたのは、築半世紀になるだろう団地だった。

三階まで、大きさの割に軽いダンボールを運ぶ。包装からして衣料品だろう。こういうのはウェルカムだ。反対に、力を振り絞って持ち上げる必要のある荷物(弊社は二十キロまでお受けする!)を、エレベータなしで運ばされる時があって、その時はどうしても殺気立ってしまう。

呼び鈴を鳴らすと「ジージー」と昭和のアニメみたいな音が鳴った。静寂。呼び鈴に再度手を伸ばしたら、部屋の中からバタっ、トントンと人の気配がした。俺は「お荷物でーす」と扉に向かって言う。この声が大きすぎる、などとクレームを受けたことがあるが、言わないことにはどうしようもない。

「はいはい!」ガサガサ「待ってくださいねー」「すぐ行きますよー」

と途中ひそひそ声がしたりしながら、ウキウキした声が返ってきた。

扉の向こうに人の気配がやってきて、のぞき窓が明暗してから、十センチ程度開かれた。肌着姿の男である。

「山本めぐみさんですか、お荷物です」

「はいはい」

男の顔はニヤついていて、気色悪かった。

「サインお願いします」というと、あーとか言ってペンを探すので、俺は胸に刺したボールペンを渡す。

「どうも」という男の声に何か甘ったれた空気が含まれていた。ちらっと見えた下半身は、どうやらパンツ一丁のようだ。

「はい、ありがとうございまーす」と荷物を渡すと「どうもー、ありがとうー」と機嫌よく扉の向こうに消えていった。俺はすぐに階段を駆け下りる。

駆け下りながら、俺は感づいてしまった。

ああ、あれは、ことをいたしていた雰囲気だ。どの段階かは知らんが、最中に俺は踏み込んでしまったのだろう。

 

その日最後に訪れたのは、新築マンションだった。

ブザーを鳴らすと、すぐに反応があって「宅配ボックスに入れといて」とぶっきらぼうに指示された。

俺は荷物をボックスに入れ、不在表に暗証番号を書き入れて郵便受けに投函した。

投函した途端、郵便受けの向こうで音がしたから不審に思った。ロビーを出ようとしたらすぐに自動ドアが開いて宅配ボックスを操作する男がいた。

もしかして、郵便受けの向こうで待っていた?

俺は背筋が凍る気持ちになって駆け足で車に戻った。