Nu blog

いつも考えていること

研究者

大学生の頃。私は地味な学生で、まじめに勉強する日々だったので、就職活動が怖いから、院進して研究者の道を志すか迷ったりしたことがある。世は就職氷河期。売り手市場になるのは、わずか二年後のことであるが、そのことを私たちは知らない。

そんなわけで少なくない同級生が院進した。たぶん大学院重点化政策なども影響したのだろう。基本的にはネガティブな院生が増え、二年のうちに教員免許を取ったり就職活動したりして、逃げ出そうとする者が目立った。

そうした状況も見ていた私としては、院進は避けたいことのように思えた。先生は、君はまじめだからぜひ院においでよと手招きをしていた。ありがたいことだったが、もう学生は終わりにしたいという意思があって、私は40社、50社からお祈りされつつ就活を続けた。

結果、こうしてサラリーマンをする今である。誇張なく100社近く受けて、1社だけ内定をもらえた。そんな時節だった。就活中に、貧血のような感じでぶっ倒れた日のことは今でも忘れない。

卒業から十年弱経って、あの時院進していたら、と思う。というのも、当時院生だった人やその時よくしてくださった先生が単著を出したことを矢継ぎ早に知ったからだ。十年、それぞれにがんばったよね、となんだか涙が出そうになる。小沢健二が「彗星」で「そして時は2020 全力疾走してきたよね」と歌い出しで語りかけるが、この言葉が身に染みる。そりゃあ僕は猛烈に頑張ったわけじゃないけど、日々だらけたりしてきたけど、「がんばったよね」「生き抜いたよね」と思いたい。ましてや、みなさんの研究の賜物、結晶である書籍を手にしたらば、なおのこと。

そしてつくづく思う。研究者にならなくてよかったんだろうなと。

というのも、たまたま読んだ論文の先生が、つい最近自分の学校の講師になった人で、関心を持って調べてみたら、驚くような経歴だったので。海外の大学を出て、国立大の院を出て、研究分野に関係する内容のコンサルティングやらなんやらして、それで今私立大の講師。講師が悪いとかいいとかじゃない。そんな人がごろごろいる世界で私が下手に研究者を志していたら、今頃間違いなく死んでいた。論文の内容も超素晴らしくて、高度だから途中はちっともわからない。でもデータの見せ方や結論への道筋が美しくまっすぐで、熱い鉄の上を素足で歩いているのに平気な顔をして見せているような、そんな論文だった。すごいと思った。どういう研究の修羅場をくぐってきたのだろうか。

サラリーマンでよかったのだろう。のんべんだらりと与えられたミッションをこなす日々である。

ああ、サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ…、か。