Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(あるバンドを好きになった人)

アルバイトしている居酒屋で流れていた音楽が気になって、聞き取れた歌詞からその曲を特定した。今までそんな風に音楽が気になったことはなかったので、不思議だった。また、そんな短いフレーズでも検索すれば曲を特定できたことに驚いた。

それから二、三週間はその曲ばかり聴いた。学校への行き帰り、バイトへの行き帰り、自分の部屋にいる間。はじめて毎週見ているバラエティ番組を見逃した。その曲を聴いていたら、いつのまにか終わっていたのだ。木曜日であることさえ気づいていなかった。

それから、ひさびさにレンタル屋さんへ行った。小学生の頃、親に連れられて映画のDVDを借りに来て以来だった。その時は車で行ったから、遠くないと思っていたのだが、自転車で十五分くらいかかった。国道は果てしなく続き、何台もの車が通り過ぎた。だだっ広い駐車場を擁する定食屋やコンビニを見るたびに、レンタル屋まであとどのくらいなのだろうかと疲労を感じた。

レンタル屋でそのバンドのアルバムを探した。三枚アルバムを出しているはずだったが、昨年リリースされたサードアルバムしか見当たらなかった。何度も聞いている曲が収録されていなかったけれど、仕方がないからその一枚きり借りた。

自転車にまたがると、今からの帰り道ではなく、また返しに行く煩わしさに気が萎えた。親に頼んで、何かのついでに返してもらうとかなんとかしようと思った。

 

サードアルバムも何十回となく聴いた。頭の中で再生できるくらい聴き込んだので、アルバイト中も頭の中でずっと再生していた。

二ヶ月ほどたったある日、四枚目のアルバムが出ることを知った。あの曲が収録されているらしい。

発売日に、駅ナカのCDが売っているところで買った。

初めて聴いた時に、三曲目と六曲目があまり好きでないと感じた。やっぱり、あの曲が好きだった。なんだかんだで、このアルバムも何回もリピートした。イヤホンをつけながら眠る日々が続いた。

それからさらに二ヶ月後に、ファーストアルバム、セカンドアルバムどちらも買ったが、この二枚はあんまり聴かなかった。どうも洗練されておらず、荒削りな感じがピンと来なかった。ファンサイトでは一枚目のタイトルになっている曲が人気らしかったが、自分としてはまあまあだなという感想しかなかった。

 

一年後、ふいに目にしたライブ情報から、行きたい気持ちが募ってチケットを取った。東京だったので、夜行バスに乗って行くことにした。人生ではじめての一人旅、夜行バス、ライブハウス。

夜行バスを降りて、新宿の白けた朝は凶暴な感じがした。すれちがう人にとつぜん唾を吐きかけられそうな、そんな暴力的な気配。当てがなかったので、マクドナルドで午前中を過ごし、人の増えた新宿に恐れをなして、荒んだ気配の漫画喫茶で個室を選び、少し眠った。

 

ライブで一枚目のアルバムのあの人気曲を聴いて、ようやくその魅力がわかった。帰りの夜行バスで一枚目と二枚目のアルバムを再生した。ほとんど眠りながら聴いた。

カーテン越しに伝わるガラスの冷たさに、鼻や目の周りが気持ち悪くなった。かすかな寝息が、イヤホンを越して聞こえた。