Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(図書館にて)

その人は二週間に一度、この図書館にやって来て、二週間前に借りた数冊の本を返してから、小一時間ほど書棚を見て回り、立ち読みしたり、座って読んだり、手に持って歩いて、最終的に数冊借りて帰って行く。

ときおり、返却期限を一日すぎていることがある。二週間前の土曜日に借りて、次に来るのが二週間後の日曜日だとそうなる。その人は返す時に小さな声で「返却が一日遅れてしまって…、すいません」と言う。かすれて、少し聞き取りにくい声だ。私がハンバーガー屋の店員だったら、この人の注文を正確に捌ける自信が少しない。

その人は必ず旅行のガイドブックを借りる。この図書館は、るるぶやことりっぷなどを揃えている。結構人気で、回転率はとてもいい。カップルなどがその書棚の前で「あー! ここ行きたいよね!」などと盛り上がることがあって、他の利用者の視線を受けた私たちは仕方がなく「お静かにお願いしますね」と注意したりする。一月頃になると、ヨーロッパを中心に卒業旅行らしい大学生が借りて行く。経済的なカップルだと私は少し感心する。

その人は国内外問わず、様々な地のガイドブックを借りて行く。ベトナム、香港、韓国、フランス、イタリア、箱根、伊豆、大阪、九州、北海道、東京、北陸。実際にその地へ旅行に行っているのかはわからない。ガイドブックを借りたからといって、旅行しなければならないわけではない。

二週間のうちの何分か、何時間かを、そのガイドブックを読み、それら遠い地へ思いを馳せているのだろうか。

その人の読書の自由を冒してはならないから、他の司書に対して「あの人いつも旅行のガイドブック借りるんですよね。読んでるだけなのかなあ、いろんなところ、実際に行ってるのかなあ」などと言えない。むろん本人に対して「いつも旅行のガイドブック借りますね」などと言うのも倫理に反する。

その人がガイドブックとあわせて借りる、数年前にドラマ化された小説や、日本史などの概説書、労務や税務に関する実務書などが頭をよぎる。二週間をどう過ごしているのか。私は二週間ごとにその人の姿を見ると同じことを思ってしまう。