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いつも考えていること

ミヒャエル・エンデ「モモ」について

モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

「わたしはいまの話を、」とそのひとは言いました。「過去におこったことのように話しましたね。でもそれを将来おこることとしてお話ししてもよかったんですよ。わたしにとっては、どちらでもそう大きなちがいはありません。」

推薦図書的な本を読むことほどつまらないものはない。帯に「課題図書」というシールが貼ってあって、そのシールが「読まなければならない」とプレッシャーをかけてくる。*1

http://portal.nifty.com/2014/08/06/a/img/pc/18a.jpg*2

「モモ」はそんな推薦図書的な要素がたっぷりで、忙しなく生きる現代人へのメッセージだけで、読書感想文が何個でも書けてしまいそうになる。学校の先生たちもこぞっておすすめしてくれそうな内容となっている。

しかし、いま久々に読み返してみると、そんなメッセージ性はあまり重要じゃないと感じるのだ。

それよりも、灰色の男が吸う灰色の葉巻の怪しげな魅力であったり、「XYQ/384/b氏」という名前の付け方だったり、マイスター・ホラの家で食べるバターとはちみつをぬったパンの美味しそうさや、ファストフードレストランとなったニノの店で食べたマーマレードパン、ちいさなパイひときれ、レモネードいっぱい、のかわいさ、秘書と喧嘩するジジの「神経がすっかりまいってる」という辛さ、そして時間どろぼうたちが最後に行う「身の毛もよだつ同じ手続き」の恐ろしさ、そんな細かなところが愛おしくて仕方がない。

細部のあちらこちらでこそ、初めて読んだ時の気持ちーお家で母親が晩御飯を作っていて、ぼくはリビングで引き込まれるように読み進めていた、あの頃は白いチャンピオンの靴下を履いていて、お気に入りのスニーカーはどこのブランドのものでもなく、お気に入りのマウンテンバイクに乗れば世界一速く走れたーになれる。物語の全体なんか、実はどうだっていいのではないか?

 

ぼくは灰色の男たちが大好きだ。人間が大事なことを忘れて利潤や効率を追求するから、その反動として生まれたのが彼らであって、実際には彼らは何も悪いことをしていない。葉巻もかっこいいし、鉛色の書類かばんもクール、まるい、つっぱったぼうしもかわいいじゃないかか。

葉巻をとられると「きゅうに力がぬけたようになって、両手をまえにつきだし、顔にあわれっぽい、おびえきった表情をうかべて、あれよあれよという間にそのからだが透明になり、ついには消えてしまいます。あとにはなにひとつ、ぼうしさえのこりません。」というのもかわいそうで、かわいそうで。

モモを追いかけるも追いつかず、うなだれて車のボンネットやバンパーに腰をおろす灰色の男たち、それをして「いまとなっては、いそぐことはもうありません」という結びは灰色の男たちへの労いの言葉のようでいとをかし。

とにかく、彼らが丸っこくて、ころころと走り回り、よくしゃべり、結構笑って、可愛らしい。モモよりも亀のカシオペイアよりもかわいい、とぼくは思う。

 

ジジも好きだ。有名人になってしまってからのジジが大好き。秘書と喧嘩するジジ。精神安定剤っぽい薬を頓服で飲むジジ。叶えられるはずのない夢が叶ってしまったことの悲しさを語るジジ。

「いまぼくにできるたったひとつのことーーそれは口をとざすこと、もうなにも物語らないこと、のこりの人生をずっと、それともせめて、ぼくがすっかりわすれられて、また無名のまずしい男になってしまうまで、だまっていることだろうね。だが、夢もなしにびんぼうでいふーーいやだ、モモ、それじゃ地獄だよ。だからぼくは、いまのままのほうがまだましなんだ。これだって地獄にはちがいないけど、でもすくなくともいごこちはいい。ーーああ、ぼくはなにをしゃべっているんだろう?」

泣いてしまいそう。立原道造の感傷的な詩を好きなのは、このあたりの感覚に依拠してる気がする。

 

モモ。挿絵だけでも楽しめる可愛い物語。子供の頃に読んだ人も、読んでない人も。

*1:下記サイトから過去の推薦図書を見てみたが、どの本も全然記憶にない。本文と異なることを書くが、読まなきゃいけないなどというプレッシャーとは案外無縁だったのかもしれない。しかし、自分が3歳の時の推薦図書「となりのせきのますだくん」は記憶に残ってる。なぜだろう…。そしてますだくん、かわいい…。1歳の時の推薦図書である「ぼくのじしんえにっき」も家にあった。窓側に座っていた同級生にガラスが突き刺さる描写はトラウマ。「愛別離苦」という四文字熟語は忘れられん。ちなみに、ぼくの生まれるはるか前、1975年の推薦図書「おしいれのぼうけん」は名作。ただし、ネズミのおばあさんは怖すぎて、やっぱりトラウマ。全国学校図書館協議会|過去の課題図書|過去の課題図書 第41回~第50回(1995年度~2004年度)

*2:このシール、誰しも見覚えがあることと思う。読書感想文の課題図書シールはなぜ鼻に棒を突っ込んでるのか - デイリーポータルZ:@nifty