Nu blog

いつも考えていること

スケッチ(ある博物館にて)

北海道、札幌から電車に乗って一時間四十分。人気のない駅前、ゆったりと作られた道路をなんどか右左に曲がり、大きな道路沿いを行くと、夏の晴れた日のような薄い青色の建物。円柱形のてっぺんにはとんがり屋根。定規で書いたような窓が二階の位置を示している。その二階の入り口へ上がるための階段が建物に巻きつくように道路まで伸びている。ここは貝の博物館だが、知る人ぞ知るところで、観光名所でもなく、かといって専門家垂涎の何かがあるわけでもない。昨年の夏、不意にこの博物館の存在を知って訪れた。この町の静けさ、博物館の佇まいなど、どこか惹かれるものがあって、一年振りに訪問する。館長夫婦の人となりを紹介したインターネット記事を見たのも、再訪の理由の一つである。その記事から、一年前、私をもてなしてくれた時と同じような気さくさが溢れており、どうしようもない懐かしさを覚えたのだ。

建物に巻きついた螺旋状の階段を登り、網入りガラスの扉を開けると、懐かしい部屋のにおい。母方の祖父母の家を思い出す、昭和の香りとでも言うのだろうか。人によっては臭いと嫌悪するものなのかもしれないが、私には懐かしさが先立つ。

「いらっしゃい」と館長の奥様がすぐに私に声をかけてくれた。「こんにちは」と返すと「あら、あなた、前にもいらしてくれたわよね」と思い出してくれた。「覚えててくださるなんて。ありがとうございます」、奥さんが手で促す方、つまり応接間のような空間に案内されて、ソファに座る。「今、ホットケーキを焼いてたので、お出しするね」と言って裏へと行ってしまった。入れ替わるように館長がやってきて、「こんにちは。あ、見たことのあるお顔だ。えーと、三年くらい前に一度来てくれたんじゃなかったかな」と言うので「ご無沙汰しています。昨年お伺いさせていただきました。お元気ですか」と返した。館長は適当なところがあるので、シリアスに訂正してもしょうがないのだ。

ワイングラスのような脚のある入れ物に入れられたアイスコーヒーを飲んで(空港の喫茶店みたいだ)、談笑していると、奥様がホットケーキを持ってきてくれた。溢れるほどのはちみつシロップに私は目を輝かした。「一年前も食べましたよ、嬉しいなあ」。ナイフとフォークでさっそく食べ始める。二人が嬉しそうに私を見ている。

ふと、誰もマスクをしていないことに気づき、「コロナはやっぱり、こっちではそんなにもう、終わった感じなんですか?」と私が聞くと「いや、そうでもないんだよ。昨日、おばあちゃんがコロナに罹っちゃってね、今寝込んでるんだよ」と館長が言う。おばあちゃんとは、奥様のお母さんのことで、昨年はこの部屋で一緒にお話しした。「え、そうなんですか。残念です。早くお元気になってほしいですね。みなさんは、えーと、濃厚接触者ってことですか?」と聞くと館長が大笑いして「そうだね」と言った。笑った時の唾がホットケーキに降りかかった。私はホットケーキにコロナが着いていると思いながら、黙って切り分けて食べた。

その後も三人で大いに盛り上がり、博物館を後にした。

帰宅後しばらくして発熱、咳、喉の痛みなどの症状が出た。