昨年暮れにジェーン・スーの「生きるとか死ぬとか父親とか」を読んだ。
なかなか厳しいエッセイだった。
我が事のように思える境遇・エピソードがいくつかあったからである。
たとえば、20代前半で母親が亡くなったり、仕事においては真面目な父親との関係が悪化したり。
身につまされる、という感じである。
といっても、不幸という形容詞が当てはめられるわけではない。
年月とともに、たおやかに変化していく親との関係に向き合った、どこか達成感のようなものを感じる作品でもある。
作中のエピソードのうち、あまりにも似た経験があった。
引越しのために初めて引っ張り出した押入れに、亡くなった母親のものー正札のついたままの衣類ーがいくつも出てきた。どれも高級なもので、ミンクのハーフコートは百万円だった。
後日、幼馴染に面白かったエピソードとしてその話をすると、幼馴染から「それはさみしかったからだよ」と言われてしまう。
無駄遣いを好む人ではなかった母親の無駄遣い。認めたくないがそれは家庭を顧みない父親に空けられた大きな穴、さみしさだったのではないか。
そんな自分のさみしさを脇に置き、父と娘の幸せを優先させて亡くなった。そんな母親の秘密を暴いてしまった気持ちになった…。
というエピソードである。
つまり私もこれから自分の亡き母の秘密を暴露するわけだが、私の母親の遺品の中にも、正札のついた服がいくつかあった。
その遺品を見た父親は、母親には浪費癖があったのだ、と結論づけていたが、ジェーン・スー氏の母親同様に私の母親も無駄遣いを好む人ではなかった。
私は母親とよく買い物に行く息子だった。
母親のフェイバリットはトゥモローランドだった。遺品のうち、世の母親にありがちな「何かの時に使うかもしれない紙袋」ゾーンがあったのだが、その多くがトゥモローランドの気品ある青い袋だった。笑ってしまうくらい青い袋だらけだった。
梅田の百貨店に入っているトゥモローランド、ずいぶん前に百貨店自体が改装されて、スタッフの方も変わっただろうが、そのうちの一人と懇意にしていた。
セールを知らせるはがきにはわざわざ「Mさんが以前気になられていたアウター、再入荷しました!是非お越しください!」などと特別な一言が添えてあった。
お店に行くと、他のお客さんを相手していたその店員さんが、わざわざ接客を中断して一声かけてくれて、隣にいる私にも母親が特別扱いされていることがひしひしと伝わってくる。
母親はその店員さんのことが好きなものだから、兄の嫁よりあなたがうちの娘やったらよかったのに、なんてよう聞かせられんことをこぼしていた。その発言に対して「お嫁さんも大変なんですよ」なんて優しい言葉を返すから、なおさら母親はいい子だいい子だとその店員さんを気にいるのだった。
ジェーン・スー氏の父親と同様に、私の父親が家庭を顧みなかったとは思わない。
しかし、ジェーン・スー氏の母親同様に、私の母親にさみしさがあったのだろうと思う。
さみしさを抱えたまま死んでゆく。
それは普通のことなのだろうけど、そのことを思うと悲しくなる。
正札の付いた服どのような服でいくらのものだったのか、今となっては覚えていない。
私はどんどん忘れてしまう。