izumishiyou's diary

いつも考えていること

日馬富士、日馬富士、日馬富士

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日馬富士の引退が悲しい。悲しいということを表すためにたくさん書きます。

 

ぼくが相撲を観始めたきっかけのひとつは安馬だった。

ラグビー部を辞め、相撲を観始めた2005年から2008年の高校3年間、安馬は入幕直後だった。幕内最軽量と言われた小さな体で、頭から当たる立ち合いがなんというか健気に見えた*1。同部屋*2安美錦がいて、安美錦は今と変わらぬ飄々とした取り口だったから、対照的だなあなんて思ったものだ。ちなみに、相撲を観始めたばかりの私は横綱旭富士*3のことを知らなかった。

安馬は勝ち越し負け越しを交互に繰り返していた。エレベーター力士になるのかな、それでも俺は応援するぞ、と思っていたら、いつの間にか三役に定着し、三賞を取るようになって、インタビュールームに呼ばれる回数が増えた。今になれば、インタビュールームに呼ばれる回数が増える時期とは、実力がつき、昇進目前を意味していたのだなあと思う。「お客さんに喜んでもらえる相撲を取りたいです」と口下手に答える姿は、やっぱりどこか健気だった。

いつだっただろうか、ある場所の初日、母親に「安馬の体が少し大きくなったよ」と騒いだら、実況*4が「先場所から数キロ、体重が増えました安馬、取り口にも安定感が見られるようになってきました」とかなんとか言って、「数キロ体重増えたのが分かるって、あんたはアホか…」と母親に呆れられたことを覚えてる。ちなみに体がひと回り大きくなるのも、昇進の一つの目安である。

大学に入って、浮かれ浮かれて相撲を観る情熱がやや下がった折に、安馬大関になり、日馬富士となった。寂しかった。あの小さな身体では、大関を守ることに汲々してしまうのではないか、と思ったから。それに「安馬」という名前も好きだった。可愛らしくて。日馬富士とはまた大きな名前をもらったな、とちょっとだけ不満だったのだ。

大関日馬富士の時代、2009年から2011年というのは、角界大麻問題、賭博問題、八百長問題と揺れに揺れた3年であり、かつ白鵬が17場所中12場所で優勝している3年間である。

3年間で17敗しかしなかった、勝率9割を超える絶好調の白鵬をしのいで、日馬富士が2場所も優勝しているのはすごいことだ。

しかし、優勝以外の場所ではクンロクも多かった。ぼくは、可愛さ余って憎さ百倍、やけに批判したりしてたことを覚えています。

 

そして、2012年。この年は相撲ファンにとって、重要な意味を持つ年ではないだろうか。

把瑠都優勝で幕を開けた奇妙な1年。その次の場所で鶴竜大関にあがったのもやはり奇妙な感じがした。番付は1横綱6大関という満員状態。にも関わらず、平幕・旭天鵬が優勝。今思っても現実味のないまま半年が過ぎた。

さらに2012年後半は日馬富士の2場所連続全勝優勝、横綱昇進へと続いていく。

白鵬休場の場所ではなく、むしろ14勝1敗と13勝2敗の成績の場所での全勝優勝。この価値は推して知るべしである。

2012年9月の千秋楽、日馬富士-白鵬の素晴らしさ…。白鵬は2度土俵際で耐え、投げられても片足で耐える。しかし、日馬富士の気力が白鵬を一瞬先に土俵へ叩きつけ、日馬富士も全身全霊を出し切り、倒れこむ…。

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そして日馬富士大関から横綱に昇進した。口上では「全身全霊で相撲道に精進します」と述べた。「ゼンシンゼネレー」は日馬富士の使う、日馬富士をよく表している象徴的な言葉だった。

 

横綱日馬富士のエピソードとして、だめ押し批判への対策、「だめ抱き」を挙げたい。

残心というのだろうか、土俵際というのは最後、一突きしたくなる。実際、その一突きがなかったために、かかとで残られ、逆襲されるということは良くあるのだから。

日馬富士はその一突きが鋭いために批判されることがあった。そうした批判を受け、日馬富士は一突きしそうな時にふっと相手を抱いたり、頬に手を添えたり、済んでのところで力を抜く術を身につけた。

相手力士をギュッとする度にツイッターが大変に盛り上がった。日馬富士横綱という地位を大切にしていること、また根っから優しさに溢れた力士だということを皆に感じさせる「だめ抱き」である。

こうした愛に溢れたエピソードは枚挙にいとまがないだろう。日馬富士のその側面が多く記憶され、残っていくことを望む。

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さらに、日馬富士を語る上で欠かせないエピソードは、照ノ富士の優勝をアシストしたことだ。

自身の優勝よりも、弟弟子の優勝を演出したことが感動を呼んだなんてのは、まったく日馬富士らしい、伊勢ヶ濱部屋らしいように思う。 

2015年のこと。

2014年からにわかに注目を浴びるようになった逸ノ城照ノ富士。2人ともスケールの大きな相撲が本当に魅力的で、今も期待している。最近はめっきり見られなくなってしまったが、誇らしげに花道を下がる照ノ富士の可愛らしさったらなかった!

さて、2015年3月場所、それまで実力十分ながら、二桁勝利には手の届かなかった照ノ富士がいきなり勝ちまくり、12日目、白鵬を破り、千秋楽、13勝2敗の成績。

白鵬は13勝1敗で日馬富士との結びの一番を迎えた。この一番、日馬富士が勝てば白鵬照ノ富士の優勝決定戦となる。

突き放す白鵬の懐に飛び込む日馬富士。四つになり、互いに機を見て投げを打ち合うなど激しく攻防するも、最後は日馬富士の力負け。実らなかった。

この3月場所、14日目にぼくは観戦に行っている。地方場所は花道が座席への入り口ということもあり、一般人が行き交う。僕の座席はその花道が見えるところで、幕内土俵入りで待機している力士らが会話したりなんかしてるのがよく見えた。幕内土俵入りが終わり、横綱土俵入り。日馬富士が花道に入って待機していると、親子がスルスルっと寄ってきて写真をねだった。「土俵入り前の横綱に対して、何してんねん…!」と驚愕した。横綱土俵入りは、本場所の相撲一番に匹敵するとも言われる大変なことなのである。巡業ならばまだしも!本場所の!その直前に!◯×△◻︎…!←私はこんな感じで憤っていたし、付き人も慌てていたのだが、日馬富士は緊張を切らすことなく、しかし優しくすっと子供の肩に手を回し写真を撮ってあげた。すぐその後にアナウンスがあり、視線を土俵へと戻して、気迫みなぎる土俵入りを務めた。目撃していた同行者たちも、なんて立派な横綱なんだと感動した。

閑話休題

2ヶ月後。5月場所。またしても照ノ富士が優勝争いに加わる展開になる。

まず13日目、日馬富士は、優勝争いに残っていた稀勢の里を気迫の立ち合いで撃破し、優勝争いを照ノ富士白鵬に絞った。

そして千秋楽。照ノ富士は12勝3敗の成績で本割を終える。

白鵬、11勝3敗。日馬富士白鵬に勝てば照ノ富士優勝という状況。先場所同様、結びの一番に優勝の行方がかかる展開に。

立ち合ってすぐ、土俵際に追い詰められた日馬富士だった。この時、「終わった」と誰もが思った。しかし、何かが取り憑いたように、白鵬の懐に飛び込む日馬富士白鵬の上体が一瞬浮く。体を投げ打つような寄りで白鵬は土俵下へ。日馬富士照ノ富士の優勝を生み出したのだった!

 

…。

 

17年の相撲人生で9回の幕内最高優勝、3回の全勝優勝。1度の優勝さえ成し遂げることは難しい。2005年の私に安馬は将来優勝するよ、と教えたって信じないだろう。ましてや9回などとても…。いや、しかし優勝回数2桁を期待してしまっていたが…。

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土俵入りの美しさには際立ったものがあった。4横綱が揃って土俵入りをした2017年5月の初日。稀勢の里のまだ慣れぬ土俵入り、鶴竜のどこか可愛らしい所作、そして日馬富士の堂々たる土俵入り。無論白鵬白鵬の世界を築き、それはとても立派なものだし、大好きなのだけれど、日馬富士の気品漂う土俵入りは、ちょっと頭抜けたものがあった。

 

2017年9月場所の優勝も立派なものだった、と讃えたい。後世、11勝4敗の優勝とだけ記憶されるかもしれないが、そこに詰まった綱の責任をぼくは忘れたくない。

 

引退会見冒頭の伊勢ヶ濱親方の涙につられ、電車内で動画を見ながらぼくは泣いてしまった。かなりボロボロ泣いたので、前に座ってた女性が席を代わってくれたほどだ。

親方の発した「不思議」という言葉が宙に浮いているように思う。不思議…。

無念でも、残念でも、なんであろうと、引退を決めた人に辞めないでなんて言えない。日馬富士は引退する。

 

33歳。

これから先の長い長い人生が、幸せであるように祈っている。 

 

日馬富士日馬富士日馬富士

そういえば、両国での千秋楽には必ず「日馬富士おばさん」とツイッターで呼称される女性がいた。土俵入りの際、「日馬富士日馬富士日馬富士ー!」と絶叫しているのだ。正直(しょうじき)、野暮だなあと好きではなかったが、なんだか今は大声で、日馬富士日馬富士日馬富士と叫びたい。

感謝、感謝、感謝…。

ほんま、マジで、つらい!

 

*5

*1:琴欧州(後、琴欧洲、現・鳴戸親方)相手とかだと結構変化してた気がする

*2:当時は安治川部屋

*3:当時・安治川親方、現・伊勢ヶ濱親方

*4:岩佐さんか藤井さんか

*5:八百長だなんだと書き立てる週刊誌には腹が立つ…。白鵬日馬富士の相撲が演技なら、それはもうすごい演技で、何度も練習しないといけないんじゃないだろうか。もう相撲を観ない人は観なくていいと僕は思っている。放っておいてほしい。楽しく見させてほしい。しょうもない憶測など要らない…!