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いつも考えていること

「大相撲殺人事件」の感想

ツイッターで話題となった「大相撲殺人事件」を読んだ。

大相撲殺人事件 (文春文庫)

大相撲殺人事件 (文春文庫)

 

衝撃的なあらすじが話題になったのだけれど、むしろそうやって話題になった途端、アマゾンで中古本の値段が3万円に跳ね上がったことの方が面白かった。これが需給のマッチング、見えざる手の結果かよ、と。

togetter.com

 

内容はいわゆる本格ミステリである。ハウダニット=いかにしてその殺人はなされたのか、が主眼だが、相撲取りが主役であること、そして土俵や稽古場が舞台であること、つまり人物と場所がいささか奇抜なのだ。しかし、あえてそうした奇妙な設定の中で本格ミステリらしい事件を起こさせる。そのことによって、本格ミステリにありがちな奇妙な状況がをより一層引き立たせられる、という点で、もしかすると本格ミステリ批判の書なのかもしれない。

と、なると、思い浮かぶのは東野圭吾の初期作「名探偵の掟」や「超・殺人事件」など、本格ミステリへの批判の込められた作品だ。

とはいえ、ぼくは本格ミステリなんての東野圭吾以外読んだことがない。「十字屋敷のピエロ」とか「どちらかが彼女を殺した」「仮面山荘殺人事件」「ある閉ざされた雪の山荘で」あたりは面白くて何度も読んだ。宮部みゆきの「パーフェクト・ブルー」もなんでかしらん、読んだなあ。それ以上、本格ミステリにはハマらなかったので、古典的な作品や最近の流行りとかはまったく知らんのやけど。

そうした作品を読むと、たとえば名探偵コナンもそうだが、なぜそこまでして殺人を犯すのか!?と、犯人らの無用な努力の積み重ねに笑ってしまうことがある。

ある意味、衝動的な殺人の方が納得できるのだ。古畑任三郎なんかはあえて衝動的な殺人ばかりにしていると聞いたことがある(大抵、凶器が重たそうな灰皿なのだ)。

 

で、これはそんな本格ミステリにありがちなことが角界で起きる、という奇書なわけである。

だから、たとえば「頭のない前頭」事件では、わざわざ頭部を切断する。その頭部を持って廊下を歩き、向こう側からはまだ被害者が生きているように見せる、というアリバイ作りに繋がるのだが、あえてそんなことする?

もちろん、頭部を切断するだけの恨みがあった、という設定もあるのだが、いや、それにしても労力がすごい。死体をばらばらに切断して焼き払い、証拠隠滅していた「冷たい熱帯魚」の方が労力も効果も良いような気がする。

 

なんなら、「女人禁制の密室」ではわざわざ性転換する人さえ出てくる。これは殺人のためではないが、にしても、無茶苦茶やないか。

「最強力士アゾート」も、呆れるような動機である。この設定だからこそ浮き彫りになるアホらしさ、である。しかし、本格ミステリでもっともらしい人物や設定が用意されていれば、私たちはそれを受け入れてしまうのだ。

「黒相撲館の殺人」…、崖崩れで道がふさがれ、怪しげな洋館に行くって、確かによくあるけども、相撲取りがずらずら洋館に入ってわーわー言う、想像するだけでとほほな気分になるではないか。

いまさらだが主人公は外国人で、勘違いで相撲部屋に入門した、という設定だが、そんな訳の分からん設定、どこかに吹き飛んで忘れてしまっていた。

 

総括すれば、本書は「大相撲」と銘打っているものの、当然にフィクション、というか実際の大相撲とは無関係で、本格ミステリのために用意されたパラレルワールド・スモーストーリーなのである。

 

解説にて芥川賞選考委員・奥泉光は、本人に会った時には、ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」のような作品を書くのだろうと想像したが、「大相撲殺人事件」だったのでズッコケた、と書いているのが面白かった。

面白い本は、たっくさん世の中にあるものだ…。

「大相撲の世界も災難続きよねぇ」(略)「こないだの十四力士殺害事件に続いて、また三人も殺されて。一年前に幕内にいた力士も、この一年で四十パーセントくらいいなくなっちゃったわねぇ」

どんな呑気なんだ。