izumishiyou’s diary

いつも考えていること

いきなり大人になって

アイドルの生配信中に生理用品が映ったことで、なぜかファンか激怒したことが話題になった。

togetter.com

笑える話ではないよなあ、と思う。公的な教育の敗北だ。

ぼくの見るタイムラインでは、この件から派生して性教育について、男性の無知さについて、様々意見が交わされていた。

確かに自分の過去を振り返っても、生理のことやセックスのことを、誰かが真正面から教えてくれた思い出がない。

学校の保健体育の授業で、下記記事でも教材として使われている中絶に関する映像を見た思い出はある。

news.yahoo.co.jp

ショッキングな映像だったから「望まない妊娠のないよう、避妊はしっかりしないといけない」という結論を、ぼく含め同級生らは共有したように思う。

しかし、だからと言って、コンドームの使い方を教わった記憶はないし、ピルのこともちゃんと教わってない。避妊に関する具体的なことでなく、「責任取れるならセックスしていい」みたいな、漠然とした教えしかなかったように思う。

大学卒業後、同級生が授かり婚、俗に言うできちゃった結婚をしたとちらほら聞く。「あー、あいつならありそう」とか「あいつがかあ、意外やなあ」なんて反応をしてしまう。中絶という選択をした、なんてシリアスな話は聞いたことがない(そんな深刻な話を共有してくれる友人がいないだけかもしれない)けれど、計画していない妊娠が起きてしまうような教育だったと思う(すべての授かり婚が計画外の妊娠だったわけではない、が…)。

  

振り返れば、ぼくが性に関する知識を得たのは大抵が本からだった。

小学四年生頃に筒井康隆七瀬シリーズを読んで、なんだか分からんが面白い話だ、と興奮したことをよく覚えている。東野圭吾の『同級生』や『秘密』とかも、そういう大人なシーンがあって、やっぱりよく分からないまま読んでいた。

宗田理の「ぼくら」シリーズにも時折、同級生が妊娠しちゃって、みたいな話があった。「ぼくら」シリーズの「学校の先生は教えてくれない社会」みたいなコンセプト、大好きでした。「ぼくら」シリーズを教えてくれた、N村さんは今、どうしているのだろうと、たまに思う(余談)。

そう言えば『タイタニック』のあのシーンは小学生時代最大の謎だった。ジャックとケイトが車の中でぜぇぜぇはぁはぁ息を切らしていて、ガラスが曇るあのシーン。何してるんやろう…? と、強烈に不思議に思ったものである。

そうした「分からない」とは一線を画した、山中恒の『おれがあいつであいつがおれで』から、ぼくは生理というものの存在を知ったように思う。女の子は月に一回お腹が痛くなる、血が出る、という程度の認識として。

おれがあいつであいつがおれで』を原作として、大林宣彦は2回『転校生』を撮ったが、小林聡美の時も蓮佛美沙子の時も、生理の描写はほとんどなかったと記憶する。

あとモーニング娘。吉澤ひとみが主演で一回きりのドラマをやっていたのだが、その時も確か生理の描写はなかった、はずだ。

おれがあいつであいつがおれで (1982年) (旺文社文庫)

おれがあいつであいつがおれで (1982年) (旺文社文庫)

 

そうやって本や映画に触れ、性的な事柄にも割と触れていたけれど、分からないことを分からないままにするセンスがなぜか備わっていたぼくは、中学3年生くらいまでそれらに対する関心を深めることはなかった。

こうやって思い出せるということは、「なんなんだろうなあ」「どういうことなんだろうなあ」「はてな」と印象に残ったからなのだ。ただ、それをそれ以上知ろうとはしなかったのである。

この頃の自分に、性的な事柄に対する理解を試そうといろいろと尋ねてみても、たぶん、うすぼんやりとした返答しか返ってこなかっただろうな、と思う。

 

なので、中学3年生くらいから、同級生やメディア(芸人の下ネタとか、部室に転がってたエロ雑誌や漫画『ふたりエッチ』とか、恋愛ドラマのそういうシーンとか)を通じて、性的な知識を得始めたわけだ。

高校生くらいからは部屋にパソコンを引っ張りこんでいたから、インターネットで「エロ」とか検索していた。「18歳未満禁止」と書いてあるページに、ビビりなぼくはなかなかアクセスできなかったのだけれど…。

大学生になってiPhoneを持ち始めてからは、そうした情報にアクセスしやすくなって、ようやくいろいろなことを知るようにもなった。とはいえ、主たる情報源は「男向けのエロ動画」だった。

今の子どもは、パソコンやスマートフォンを気軽に持っているのであれば、フィルタリングをくぐり抜け、性的な情報、きっとアダルト動画にアクセスし、直接的な刺激を受けているのだろうか。18歳でそれに触れるか、13歳でそれに触れるか、8歳なのか、それらの違いはどれほどのものか分からないが、「エロ」で検索して、避妊のことやセーフセックスに関するトピックはまさかヒットしない。ぐいぐい、動画がヒットしてしまう。男の子は「男性向け」のエロを摂取し、ファンタジーと思いつつも、現実にそれを持ち込んでしまうのではないか、と思うと、もちろん自分もそうした状態に塗れているとは言え、より恐ろしく思ってしまう(どうして自分はマシだと思えるだろうか、自分も十分にポルノに触れた一人の男性である)。

 

さて、話を戻して。

学校の教育にせよ、小説や映画にせよ、インターネットにせよ、振り返れば、生理のことを知る機会はほとんどない。だってそもそも、生理はエロに関係しているものではないから。

anond.hatelabo.jp

なのでいきなり大人になって
「生理がどんなものか知っている前提」で
「女性は生理で大変なんだ!なんで男性は理解しないんだ!」
なんて言われても
ええ…生理がつらいものだなんて初めて聞いたし…どんなものかもわからないし…学生時代クラスの女子がそんなに苦しんでるの見たことも聞いたこともないよ?風邪でつらいとか言ってるのは聞いたことあるけど、生理でつらいなんて聞いたことないから大したことないんじゃないの?
みたいに思っちゃう

「いきなり大人になって」という表現が、本当に実感に即していると思う。

 

しかし、セックスととても近しい「避妊」についても、コンドームをせず「中出し」すれば妊娠する、みたいな程度の知識しかないように思う。それどころか「中出し」はエロの1ジャンルとして扱われたりしている。あるいは村上春樹の小説は大抵避妊しないで「中に放つ」。それが何か一つの「快感」を引き起こす行為のように描かれるが、まさかそんなすさまじい必殺技ではない。

 

男性が「生理」や「避妊」について知らないのは、教育の責任もあるが、男性が男性向けのファンタジーの世界に埋没し、出てこようとしないからではないか。なぜ、男性が男性向けのファンタジーの世界に溺れているかというと、男性の女性嫌い、女性軽視、女性蔑視があるように思う。つまり、「そんなもん知らなくていい」「俺が気持ち良ければいい」という男性の驕りが前提にあるのではないか。

 

反対に、女性も男性の身体的生理(女性の月経とは違う、なんというか、性欲のメカニズム的なこと)について知らないのではないか、という反論もあったようだが、男性の場合、女性の月経と異なり、痛みや出血を伴う事象ではないわけで、論点がずれているように思う。性欲のメカニズムともなれば、それは男性全般ではなく、人それぞれ異なることだ。また、蛇足かもしれないが、たとえば「痛みや出血」に着眼して、睾丸に衝撃を与えられると痛い、とか、尿に血が混じったということがあったとすれば、それは怪我や病気の類であって、同じ男性であっても何か診断できるものではない。 

 

ところでインドで、生理にまつわる下記のような素敵な話があることを知った。

courrier.jp

courrier.jp

10年前、そう遠くない過去、インドでは、生理用ナプキンは高価だったため、古い布、ぼろ布をあてがって、出血を吸収させていたそうだ。高いなら自分で作ろうと挑むうち、妻の月に一度の生理を待っていられないし、いまいちちゃんとした感想もくれないので、「古いゴム袋にヤギの血を満たし、自分の腰に巻きつけた。チューブをつなぎ、パンツにしたたり落ちる仕組みにした」。

パンツがヤギの血まみれになり、彼は「心の底から自分の周りの女性たちに同情した」と言う。「彼女たちはなんと強いのだろうか。あのときはそう痛感しました。もし私が同じ状態を経験すれば、3日目には風邪をひいて熱で寝込んでしまうだろう。プライベートな部分が濡れたままというのは、なんと気持ち悪いことか」。

この言葉は、生理に対する単なる「好奇心」ではなく、他人の身になって感じ、考えた故の言葉で、すごく素敵な言葉だと思う。

6年の歳月を経て、安価な生理用ナプキンを作れるようになった後、彼はその工場を経営するのではなく、「貧しい女性たちがナプキンを自分で製造・販売できるよう、支援するシステムを生み出すことにした」と、話はもっと素敵な方向へ転がっていく。 

 

少なくとも、他人の身に起っている痛みについて、知識を得ようとせず、ファンタジーに溺れ、自分だけの世界に浸っていても、いいことなどひとつもない。