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izumishiyou’s diary

いつも考えていること

この世界にいるわたしたちに行くところはもうない

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アメリカによるシリアへの攻撃について考える時、シリアによる化学兵器の使用がその端緒だったとされるが、アメリカ側の様々な思惑が透けて見えるような、あるいは、実際は何の思惑もないのかもしれない…?

ぼく個人がその攻撃について感じたことは、トランプ米大統領は、他国の戦争に首を突っ込まないのではなかったのか、という疑問だった。

選挙中、日本や韓国など同盟諸国に対し、米軍への経済的負担をすべきだと主張していた。自分の身は自分で守れよ、俺=アメリカに頼るな、という「アメリカ・ファースト」だと思っていた。

しかし、イスラム教に対する態度はそのような「他国のことは知らん」ではなく、「ムカつく奴はぶっ飛ばす」的な態度だったわけだ。そればかりでなく北朝鮮に対しても強硬的な姿勢を取っている。

本人の中では、「アメリカ・ファースト」の筋があるのだろうが、ぼくから見れば「一貫性に欠ける」と評価せざるを得ない。

そればかりでなく、このシリアへの攻撃は、シリアによる化学兵器の使用に対する抗議的な意味合いは薄く、またその効果もほぼなく、結果として国際的なまたは国内におけるプレゼンスを高めようとした、その効果を狙ったもののようにぼくには感じられる。

トランプ米大統領がいかに行動的か、また国際的な影響力を持つかを示すために他国にミサイルをぶち込んでいいのなら、シリアも北朝鮮も何か理由をつけてどんどんミサイルを撃ち込んでくるだろう。

ましてや、アメリカは国連安保理の決議も経ずに単独での武力行使に踏み切っている。あり得ないチョイスだと思う。今さら、正当性を得るための理屈はつけられない。「もうやってしまった」という既成事実だけが、国際的な合意を形成する不確かな理屈となる。

化学兵器の使用を許すわけじゃない。しかし、それだけでこのような行動を許していいのかが問題なのだ。悪い奴はぶっ飛ばす、を見境なくやっていいのはフィクションの世界だ。

日本もイギリスもフランスも、アメリカに迎合している場合ではない。ロシア的立場でない反対意見を述べることが必要だと思う。

対話はどこへ消えたのか?

食事を終え、トランプ氏は「見たこともないほど、きれいなチョコレートケーキ」を食べる際に「説明したいことがある」と習氏に切り出し「たった今、シリアに59発のミサイルを撃った」と伝えた。

習氏は10秒間沈黙し、通訳を通じて「もう一度、説明してほしい」と聞き返した。

this.kiji.is

 

大学で軍拡の数理モデルを学んだことがある。

詳しくは下記PDFが分かりやすいので、p.71以降を参照いただきたいのだが、現状は冒頭画像のType IIIに当てはまるのではないか。つまり「軍拡を抑えるという制約要因よりも相手国への反応要因の方が大きく、かつ双方共に潜在的には相手国に敵対感情を抱いており、どのような初期状態であっても、どんどん軍拡の方に向かっていく」状況であり、「原理的にはどこまでも双方の軍備量が多くなるが、現実的にはある一定規模の軍備に到達すると戦争が起こると考えてよいだろう」。

http://www.geocities.jp/daishiatsu/lecture/2010MathematicalSociology.pdf

 

下記記事のコメントに「早く北朝鮮を叩きのめしてほしい」などと書いてあった。自分のいないところで戦争が起きる、人が死ぬと思っている人だ。地球上で起きている戦争は全て同じだ。近いか、遠いかは問題じゃない。

anond.hatelabo.jp

自分が死ななければいい、で生きたくはない。マルセル・デュシャンの墓石には「死ぬのはいつも他人ばかり」と書いている。私たちが死ぬ時、私たちはもういない。

いざ、頭の上に爆弾が落ちてくるとなれば、やはりぼくも死にたくなくて、暗くなる…。

www.youtube.com

Bolts from above hurt the people down below.
People in this world, we have no place to go.
Oh, it's the last time.