izumishiyou's diary

いつも考えていること

とんちんかんなのは誰か?―政治が要らなくなる時

国民が政治に無関心なのは良いことだ。

なぜならみんな、現状に満足しているのだから。

と、喝破したのは筒井康隆だったような、あるいは高校の時の友人だったような。

 

立憲主義や民主主義といった近代社会の基本的な考え方を見直し、破壊させてはならない、という主張が、朝日新聞紙面を賑わすような「終わりつつある国・日本」であるが、きっと7月の選挙の投票率もたいしたことはないだろう。

自民党にも、安倍政権にも、選挙の仕組みにも、野党にも、世論調査にも、全部文句があると言えば文句があるけど、アホらしくて何か言う気にはならない。

 

話はがらりと変わり、もう3か月も前の話になるが、囲碁が世界から大注目された日があった。

世界最強の棋士の一人である、李世乭(イ・セドル)がアルファ碁というAIに負けた時のことだ。

囲碁に詳しくないため何とも言えないが、以下のような評価を見ると、アルファ碁は人間ではまだ誰も達したことない未知の世界に一人足を踏み入れてしまっているようである。

 

これらツイッターの感想が的を射ているのかどうか、正直なところ分からないけれど…。

 

www6.nhk.or.jp

で、先日、将棋の羽生善治がAIの今を辿るNHKのドキュメンタリーを観た。

後に「アルファ碁」となるAIが挑戦した初めてのゲームは、ブロック崩しだったと言う。

ルールは教えず「高得点を取れ」とだけ指示されたAIは、はじめは何もできない。しかし、ある時たまたま玉が跳ね返ったら、得点が入った。これを契機にAIは玉をはじき返し始め、何千回か後にはブロックの裏側に玉を入れれば高得点を狙えることを学習し、それを狙って正確に玉を弾くようになった。

アルファ碁だけではない。医者よりも正確に癌を見つけるAIもいる。交通にAIを取り入れる社会も目指されている。ソフトバンクのPepper、中国で大人気のシャオアイスといった「人に寄り添うAI」も出てきている。

 

もちろんAI賛美の番組ではない。

TayというAIは、ツイッターを始め、人とコミュニケーションを取ったが、悪用され差別発言をするようになり、そのアカウントは凍結された。

その他にも、これはたとえ話であるが、「ペーパークリップを作れ」と、AIに指示したら、様々な効率化を図り、大量のペーパークリップを作れるようになるかもしれないが、それが貴重な資源であるとか、有害物質であるとか、そういう歯止めを持たず、地球上のすべてをペーパークリップにしてしまうかもしれない、という予測も挙げられていた。

 

とはいえ、AIがそうしたトンチンカンなことをやってしまう前に、今でも人間がトンチンカンなことをやってるじゃないかと思うことはたくさんある。

戦争や原発で経済を活性化させるような悪魔的なマネを平気でやるし、男女が平等に仕事をして、家庭生活も運営できたらいいのに、仕事は長時間労働が当たり前、家事育児は「ないもの」扱いにしたり、人種差別、同性愛者への差別、子供の人権侵害、搾取、犯罪…。人間のやってることの大半はトンチンカンだ。

 

しかし、まあ、人間が緻密さに欠いた指示をした結果、恐ろしい結末を迎える、というのはありそうな話だ。命令に対して有無を言わずに従うのだから、AIがアイヒマンのようになってしまうことは簡単にあり得るし、このアイヒマンには世界を滅亡させるだけの情け容赦なさが加わっているのだから、その先を見届けられる人間はいないだろう…。

 

さて、アルファ碁に話を戻せば。

このアルファ碁というAIは、碁という遊戯の世界に、人間がやっと到達した現在地点のさらに先があることを示した。

それは「希望」とも言える。碁というゲームに、まだまだ未知の領域があることを教えてくれたのだから、研究のし甲斐がまだまだある、と言えるだろう。

であれば、AIを人間社会という世界に放り込んだら、こんなクソみたいな社会に対して、考えつかないような素晴らしい未来を示してくれるのではないか。

と、簡単に考えてしまうのがぼくであり、人間であろうが、AIの考えつく「素晴らしい未来」は、全体主義、統制主義的なディストピアかもしれない、と言うのが「ペーパークリップ事案」なわけであるし、そういうのはSFで書かれ尽くしたことだろう…。

 

なので、碁がAIの助けを借りつつ、新たに発展していくように、現実社会も局地的にAIの助けを借りることでーーたとえば交通、たとえば物流、たとえば工場の生産性、たとえば金融、たとえば医療、たとえば建築、たとえばエネルギー、たとえば政治……ーー、人間では気づきえないような発展、それまでとは異なる速度での進歩ができるのではないかと思う。

 

にしても、AIがブロック崩しを学ぶ様子はまるで人間と同じだった。

「高得点を取れ」と命じられゲームの世界に放り出されたAIと、「生きろ」とこの世界に放り出された赤児と、どこに差があるだろう。

あるいは「幸福になれ」と命じられこの世に放り出されたAIが人間なのではないか? とSF的妄想をしてしまう。

人間がAIを観察するように、神なるものが人間を観察しているとすれば…。

丸い影が、球の影なのか、三角錐の影なのか、円錐の影なのか、影の世界に住む存在がいたとしたら、彼らには分からないが、人間にはそれが分かる、というような、そんな次元を超えた関係が果てしなく繰り返されている、なんて妄想。

 

いずれAI同士が高め合って、人間には分からない会話をしだすことは怖いことだが、面白いと思うし、それはもう始まっていることだ。

人間はいずれ、知的生命体の看板を下ろさないといけなくなるだろう。

 

あるいはよほど人間がAIをうまく使いこなせれば…、たとえば、こんなことも考えられる。

この人の言う「AIが作り出した安定した利潤」というのは、ぼくが見つけ出した「モノポリーの最高の勝ち方」と同じだと思っている。

モノポリーの最高の勝ち方」とは。

そもそもモノポリーをご存知かどうか、説明はwikipediaに任せよう。

モノポリー(英語:Monopoly)は20世紀初頭にアメリカ合衆国で生まれたボードゲームの一つである。世界中に愛好者を持つ。プレイヤーは双六の要領で盤上を周回しながら他プレイヤーと盤上の不動産を取引することにより同一グループを揃え、家やホテルを建設することで他のプレイヤーから高額なレンタル料を徴収して自らの資産を増やし、最終的に他のプレイヤーを全て破産させることを目的とする。モノポリーとは英語で「独占」を意味する。モノポリー - Wikipedia

モノポリーの目的は「他のプレイヤーを全て破産させること」にある。ゼロサムゲームである。

ぼくはこのゲームが好きで、一時期iPhoneのアプリでコンピュータ相手に延々とやっていた。

コンピュータ相手だと、金を積めば土地をくれるので、楽勝してしまうのが面白みのないところなのだが、やっているうちにぼくは「別の目的」を見出した。

その「別の目的」とは、自分の手持ちの現金をどれだけ増やせるか、というものである。

さっさと勝つためには、土地への投資にお金を使うため、手持ちの現金はあまり増やせないものである。

そこでぼくが見つけたのは、すべての土地を所有した上で、土地への投資を抑える、という方法である。

これをすると、手持ちの現金は増える一方で、誰も破産しないのでゲームは終わらない。

なぜならば、モノポリーでは、盤面を一周すると銀行から二百ドルが支給されるルールがある。

本来であれば、この二百ドルを元手に土地の奪い合いが起きるわけだが、ぼくがすべての土地を独占しているため、土地の奪い合いは起きない。

コンピュータが得た二百ドルはひたすら留保され、あるいはわずかな分はぼくに納める土地代になる。

延々と盤面を回る四人のプレイヤーと、終わることなく市場に投下される二百ドル。

四人のプレイヤーの手持ち現金はとどまるところを知らず増え、現実の経済であれば異常なインフレが起きている状態だ。

これはいわば、ぼくが全土地を所有し、共産主義的経済統制をとった格好になっているわけで、AIは盤面をぐるぐる回り、延々と稼ぐだけ。もちろん、ぼくも盤面を回るものの、モノポリーには致命的な経済不況が起き得ない*1ので、このモノポリー世界の経済成長はとどまるところを知らない。

たった一人で富を独占するよりも、みんなで――あるいはAIを利用して――、豊かな世界を築けられたら…。働かないでいい世界が待っている、のかもしれない!

生活基盤がAIによって保障されつつ、チャレンジすることは妨げられない社会。うーん、理想ではないだろうか? AIを利用することで、資本が解体され、新しい共産主義が立ち現れた時、本当の「満足」――冒頭に話は戻る――が訪れるのではないか?

 

いつか今感じている現状への満足が、本当の意味での「現状への満足」=「歴史の終焉」となって、それが政治への無関心――あるいは政治の不要さ――に結実すればいい、とぼくは思うが、まだまだ"その時"ではないのだろう。

 

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追記:書いている最中に、イギリスが国民投票でEUからの離脱を決めた。様々な不満が形になったのだろうと思う。そして、個々人が国家から離脱し、一人一国が当たり前の世界になることを、はるか彼方に妄想した。にしても、EUは、雲雪の怪しさを感じ取って、事前にイギリスに対し、なにかしが譲歩することを示しておくべきではなかったのだろうか。

*1:唯一、持たざる者が得をし、持つ者が大きな損失を被るのが「家・ビルの所有数に応じた税金納付」なのだが、これも、ぼくは栃に家を立てていないので、何の効力もない