diary

いつも考えていること

音楽の聴き方

定額制音楽配信サービスが次々とリリースされて、ぼくも使い始めた。
まだ使い始めて1週間。
でももう、すごいなあ、便利やなあ、と嘆息しっぱなしである。
 
そもそも定額制音楽配信サービスというのは、月額利用料を支払うことで利用可能な楽曲を聴くことができるサービス、とぼくは理解している。
 
利点としては、月1000円程度で聴きたい曲をいつでも聴けるということ。
 
・昔聴いた曲で今手元にないものがすぐ聴ける
・お店でかかってた曲をShazam等アプリで調べ、即時そのミュージシャンの他の曲を網羅的に聴くことができる
・ベスト盤しか知らなかったミュージシャンのアルバム曲を聴くことができる
・今まで名前は知ってたけど聴いたことなかったミュージシャンの曲を聴ける
 
というように、特に雑食的な音楽好きには、効率の上がるサービスだと思う。
 
反対に、好きなミュージシャンが決まっていて、新譜はすぐに買い求め手元に置いておき、その楽曲を常時聴くタイプ、好きなミュージシャン以外にはさほど興味がない、という人にはあまり意味がないかもしれない。
要は月に1回、2回程度TSUTAYAに行って、なんとなく気になるのを何枚か借りる(アルバム4枚千円、的な)人にとってはこの定額制音楽配信サービスは魅力的、有用!
 
デメリットとしては、音楽を聴くに当たってその都度通信するので、スマホユーザーとしては通信量、通信制限が気になる。
一曲聴く程度は大きな影響がないが、そのまま寝ちゃって1、2時間流し続けていたら大ダメージ。その月の後半から通信制限がかかることが懸念される。
 
そのため、
 
・自宅ではWi-Fiをつなぐ
・自宅ではパソコンでそのサービスを使う
・自宅外で聴きたい場合は事前にその楽曲をダウンロードして通信しなくても聴けるようにしておく
 
というような対策が必要だなとも思う。
 
サービスにもよるだろうけど、デバイス内にダウンロードしておけば、通信しなくても聴ける仕組みになってるはずだ。
ぼくは今キリンジにハマっていて、アルバム「11」をダウンロードしてずっと聴いてる。
とはいえダウンロードしてしまうと、スマホの容量が気になるので、聴かなくなったら削除する、ということをこまめにしないといけない。
でも、聴かなくなったら削除すればいい、というのがもうすでに便利だ。
また聴きたくなったらいつでも聴けるのだから。
 
前置き程度に書き始めたら書きたいことを大抵書いてしまった。
現在、ぼくの知識ではGoogleApple、LINE、AWAレコチョク、dヒット、うたパス、といったところでこの音楽配信サービスがあるようだ。
それぞれ配信曲数、取扱レーベル、月額利用料、無料試用期間、音質等々少しづつ差があり、比較検討、どのサービスを利用するかの決定は難しく、一概にこれが良いとは言えないと思われる。
GoogleAppleは配信曲数で群を抜いていると思うが、LINEやその他のところは邦楽、J-POPに強そうである。
邦楽メインになりがちな人は、思案のしどころだ。
 
しかし、こういったサービスは利用者数の増加に応じてサービスが充実する。
レーベル側、音楽の供給者側が勝ち馬に乗って、一番利用者の多いサービスに有利に動き、さらに利用者数を増加させる、という状況は往々にしてあることだ。
慎重に選ばなければ、自分の選んだサービスがいつの間にやら衰退、仕舞いには淘汰され、サービスが消滅、それまで蓄えてきた自身の様々な履歴も霧消、などという儚き目にあうのでは…、とぼくは懸念している。
 
先にも書いたが、月に何度かTSUTAYA行って、30分ぐらい物色して4枚千円でアルバムを借りるくらいなら、月千円弱で気になった曲をとっかかりにそのアーティストの他の曲を片っ端から聴きまくる、というところがこのサービスの破壊力だ。
だから、たくさん聴けることは重要。
検索したのに聴けなかった時、なんのために月千円弱も払ってんの、とほほほ、という気持ちになってしまう。
 
にしてもこのサービスを使い始めて、うわ、こりゃ人生が変わったな、とさえ思ってしまった。
ぼくが生涯聴く音楽、触れる音楽の幅がめっちゃ広がったな、と予感した
きっと5年後には、このサービスのなかったつい最近までのことをらケータイのない時代を思い出す時のように、うまく思い出せなくなるだろう。
 
あと、TSUTAYA潰れたな、とも思った。
だって借りに行く必要がない。一切ない。指一本でアクセスできる。しかも、TSUTAYAで借りるよりずっとたくさん、ずっと安く、それができる。返す手間もない…!
TSUTAYAが潰れたらCCC、Tカードどうなるんだろう、など勝手なことさえ考えている。
 
技術の進歩はありがたく、そして恐ろしい。
このサービスが発展に発展を重ねて、一つのサービスを除きすべて淘汰され、その生き残ったサービスが全世界の曲を手中に収め、我々はそこからリコメンドされたものを受け取るしかない、という管理社会を想像する。
そのサービスに登録されていない音楽を聴くことはできない、みたいな。うわー、絶対そういうSF小説ある。
で、そんなもんに管理されて聴く音楽は音楽じゃない! とかって地元発、手売りのレーベルが立ち上がり、昔ながらのレコードが復権、ライブで大盛り上がり、大団円みたいな。
まあ、すでにそういう、デジタル配信への疑義とかレコードの復権(あるいはカセットテープのリバイバル)、ライブこそミュージシャンの本業、的な流れはそこかしこで予兆されているわけだけれども。
 
なにせ本当に一つのサービスに集約されて牛耳られたらディストピアだけれど、しかし! 自分の手元に何も持たなくとも全てがそこにある、という状態はいわば私有財産制の崩壊というか、否定というか、人類の理想だ! とぼくは強く思う。
もちろん月1000円は結構大金なので、今はまだまだだけど、競争によりどんどん安くなり、このサービスがより普及すれば、本当に音楽の聴き方、あり方が変わる。
これに倣って、あらゆる文化が定額制配信サービスを模索するに違いない。
なかなか普及しない電子書籍だけど、定額制配信サービス、案外適応しそうだ。どっかでもう、そういうのやってんのかな。
本棚を持たない読書家、履歴見たら何千冊も読破しているが、家には一冊の本もない! みたいな。
他には何があるだろう。テレビとかすでにそういうのやってるのか。月々いくらで映画見放題、ドラマ見放題とかしてるはず、たぶん。あんまり、その需要がぼくにないので興味ないけど。
 
使い始めたばかりで、こんな簡単な感想しか思い浮かばないけど、すごいな、これは世界変わってるの目撃してるな、みたいに思う。
 
いろんな音楽が聴けるのだから、選り好みせず、クラシックに触れてみたり、ジャズとかそういう馴染みの薄いもの、あるいは聴いたことのないミュージシャンのアルバム、流行りものを聴いてみたり、少し前の上の世代にとって懐かしい曲とか、音楽にどんどん触れて、自分の好みを広げたり、あるいはなぜそれが好きなのか明確にするきっかけになったり、音楽を広く楽しみたい。
ミュージシャン側も、これを利用したアンセム作りを、何か画策してほしい。
君が今日、ロープを切った
どこを目指してゆこう
美しい船が
われらの船だ
広くて深い海の向こう
波が高くとも